『……野中七海の事?』
僕は噛むようにして、彼女の名前を口にした。
『……誰に、とか、何に、とかではないんだ』
それに答えて、歩太の口調もさっきよりは幾分落ち着いている。
『……僕達が思っている以上に大きな力が働いて、頭から、まるで津波のように、何もかも奪われることもあるって事だよ』
僕には、歩太の言っている事が具体的にどういう事なのかはわからなかった。
わからなかったけれども、それは、歩太が行方を眩ましている事とどこか繋がっているような気がした。
確かに、現実の歩太もよくこんな様な事を言っていたような気がする。
僕はいつもそれを、聞きながら深くは捉えずに流していた様な気がするけれど。
『……わかるような気がする』
僕のどこか安易な相槌に、
『そんなに簡単に言わないでくれよ』
そう言って夢の中の歩太は、口の端っこだけでちょっと軽薄そうに笑って見せた。
確かに、歩太にはこんな癖があったかもしれない。
僕の記憶は案外鮮明に、歩太の事を覚えているようだ。