僕の言葉に、野中七海は小さく首を振った。


「そんなこと……わたしにはできないわ」


彼女の声は、僅かに震え出している。


「わたしの居場所は常に、パパとアユによって作られてきたの。
わたしというカタチは、それでやっとバランスを保ってきたのよ」


今までに僕が耳にした事のない種類の声だった。
芯のブレた、感情的な声だ。


その声を聞きながら、僕は、いつか野中七海が尚子に向かって発した言葉を思い出していた。


……『存在の城』

そうして蘇る。
歩太の部屋。
壁一面の白。
翻る。
文字に姿を変えた、歩太と彼女の居場所。

そこは、間違いなく、彼女の『存在の城』なのだ。


「……痛みから逃げるのは、悪い事じゃない。
いつだって、何かは必ず変わっていくんだ」


そう、必ず。
僕は口に出してから、頭の中でもう一度反芻してみる。


「マンションがなくなってしまったように。
仙台の町並みが変わっていくように。
君の居場所だってそうだよ」


そう、だから。


「明日、東京へ帰ろう。
そこには、新しい君の居場所が待っている」