「もう、出ようか?」
そう僕が尋ねると、
「もう少し、ここで飲ませて」
と、野中七海は微笑んだ。
その笑みは、今にも消えてしまいそうなほどに弱々しい。
………
暫くの間、黙ったままでいた。
彼女は何か考えている様子で、時折頷くようにグラスを口に運ぶ。
僕は何だか落ち着かずに、ボックス席のカップルの会話に耳を澄ませてみたり、メニューを開いたり閉じたりしていた。
「マスター、明けましておめでとう」
「おう、いらっしゃい」
「今年もよろしくね」
「こちらこそね。
やあ、いやっしゃい」
「こんばんは」
それからは次々にお客さんが入って来た。
この店が人気なのはよく分かる。
マスターは誰にでも同じように優しいのに、全く違う表情で迎える。
お客さん一人一人を、よく見ているのだ。