開店してすぐの店内には、お客さんの姿はなかった。
カウンターの中で年配の男の人が一人、グラスを拭いている。
「遠野さん……」
野中七海はその姿を確認するとそう呼び掛けた。
「七海ちゃんかい?」
遠野と呼ばれた男性は、一瞬で顔を綻ばせる。
「はい」
野中七海もまた、懐かしさでいっぱいの声だ。
………
「驚いたなあ。
まさか、今年になって初めてのお客が、七海ちゃんとはね。
やっと、お酒が飲める歳になったかな」
この店のマスターらしい男性……遠野さんは、笑うと深い皺が顔中を覆った。
白髪混じりの長い髪を束ね、細身の体はしゃんと背中が伸びている。
僕達は遠野さんに促され、カウンターの真ん中に座った。