僕は、いつかここで見た歩太の顔を思い出していた。
コーヒーの湯気に目を細める歩太。
僕の名前を呼ぶ歩太。
文庫本を伏せた後に、ゆっくりと眼鏡を外す歩太。
……
薄い唇。
細い顎。
華奢な頬。
鋭い形の鼻。
………
「ああ……その笑顔たった一つで、これから起こる罪に、わたしはすっかり囚われてしまったのよ」
……罪。
その言葉は、今度は鈍い痛みを伴って僕の胸を突いてくる。
「……予感はしていたの。
アユがわたしの身体にピタリと自分の身体を押し付けて、そうして、熱い指でスウッとわたしの髪を撫でた時……
ああ、わたしは何かいけないことをされるのかしらって。
……だけど決して、嫌じゃなかったの。
おかしいけれど、まるでそれが、当然のことのようにも思えたのよ」