玄関で冷えた靴に足を捩じ込みながら、これは「逃げ」だろうかと密かに考えてみた。
背後からの沈黙がただ重々しく、無言のまま僕を責め立てている様にも思える。
……覚悟なんかなかったくせに。
憧れを愛情と取り違えて、一人で酔っていただけではないのか。
………
……ギイ
玄関の重い扉を開けると、視界に広がる光景に思わず僕は息を飲んだ。
白。
無数の白。
綿毛の様な雪が、次々と目の前を降りて来る。
アパートの通路には、それらがうっすらと積もり始めていた。
……どうせなら。
このくらいの白であの壁を埋め尽くしてしまいたい。
歩太の影と化した、野中七海の華奢な文字を全て排除してしまって。
このくらいの、まっさらな白に。
………
ギュ、ギュ
僕の靴の裏で新雪が僅かに軋んだ。
足跡を付けながら、僕は買う必要のない煙草を買いに歩く。
寒さは、僕の頭を冴えさせるには充分だった。
それなのに、僕の頭に詰め込まれた情報は何一つ整理されない。
それどころか、泣きたい様な気持ちにさえなってくるのだから、全くもって僕は、情けない男なのだ。