カチン、と、ママの指輪がグラスに当たって小さな音を立てた。
工藤さんは隣で無言のまま、もう一本煙草に手を伸ばす。
後ろのボックス席は相変わらず盛り上がっている様だ。
「それからね……そのためには、準備が必要なんだって、言ってたわ」
……準備。
僕は、彼女がいつも大切にしているあのブルーのノートの事を思い浮かべた。
きっとあれは、彼女が準備を整えるための、かけがえのないツールの一つに違いない。
「知らなくてもいい事、触れなくてもいい事があるのよ。
結局はあの子自身が、自分で解決するしか方法がない事があるの。
あんまり干渉しちゃ駄目よ?
わからない事や知らない事を、そのまま受け止めてあげる事もまた、愛情の一つの形なんだから」
真剣なママの表情には無数の皺が刻まれており、その発言にさらに重みを持たせている様に感じられた。
女として生きたママの人生が滲み出ている。
その隣で無言のまま煙草をふかす工藤さん。
工藤さんの眉間にも、深い皺が浮かんでいる。