「わたしね、アユニ。
ここに来る前は、だあれもいない、山の中にいたの」
野中七海は俯き、煙草を人差し指と中指の間に挟んだまま、ポツリポツリと語り出した。
……山の中。
それは比喩だろうか、それとも本当に山の中に?
僕は、彼女の長い睫毛の間から、瞳の動きを探ろうと試みる。
けれども彼女の睫毛は長く、濃く、それを阻んでいた。
「そこは、とっても静かだった。
静かで、耳が痛くなるくらい。
でも本当はね、虫や鳥が沢山鳴いていたと思うの……
不思議だけれど、わたしには聞こえなかったのよ。
明かりもね、小さな裸電球が一つ、あるだけで……
そこには、ミヤベのおばさんが食事を運んでくれたり……
センセイが毎日、話をしに来てくれて……」
彼女は、まるで噛む様にそう口にする。