「あたし、もう帰るからさ。
歩夢、ナナミちゃんと二人で、話してみなよ」


尚子はそう言って突然立ち上がった。


「そのかわり、約束してよ?
歩太は、あたしと、この子にちょうだい」


尚子はそう言いながら俯き、さも愛しそうにお腹をさする。


「あんたのパパはかっこよかったんだよって……子供に言わせてよ。
いいでしょ?」


そうしてまたパチリ、と、尚子の大きな瞳が僕を捉えた。

僕は……相変わらず返答に困る。


歩太が父親だなんて事は、現実的にあり得ない。
けれど、そう思う事で尚子が救われるのであれば、悪い事ではないのかもしれない。

正しさが全ての人を救うとは限らないのであれば、嘘も幻想も、やっぱり時には必要かもしれないのだ。


現に……
歩太が父親だという尚子の解釈は、間違いなく僕をも救う事にもなるだろう。

それはすごく……狡い考えなのだけれど。