「それならさあ」


そう呟いて、尚子がふいに真面目な面持ちになる。
寝転がったままの姿勢で、大きな目がパチリとこちらを見詰めているのだから、僕は思わずドキッとする。

かつてはもっとずっと近くで見ていた尚子の顔なのに、最近、野中七海の事で頭がいっぱいだった僕は、尚子の顔もまともに見た事などなかったかもしれない。


「それなら……ナナミちゃんから歩太を奪ってよ、歩夢」


尚子の大きな唇が、ゆっくりと動く。
囁く様な、独り言でも呟いている様な……そんな声だ。


「そして、歩太をあたしにちょうだい?
どうせもう、いないんだから」


尚子は視線を逸らさずに言う。

……『もう、いない』

尚子さえも、そんな風にサラリと、そんな事が言えるのか。


「だから歩夢が、ナナミちゃんを幸せにしてあげて?
現実に戻してあげてよ」


……『現実に戻す』

歩太の幻想から彼女を引き剥がし、僕や尚子のいる『現実』に引き戻す……
歩太のいない現実に。

そんな事が僕なんかに……


「……できるか……?」


思わず、声になる。