「お鍋なんて、わたし、本当に久しぶり」
野中七海が、湯気の向こうで嬉しそうに笑う。
「たまにはいいよね。簡単だしさ。栄養もたっぷりで。
ね? ベビちゃん」
尚子がその隣でお腹をさすっている。
「お腹の子、順調なの?」
コンロの火を弱めながら僕がそう尋ねると、
「うん」
と言って尚子は目を細めた。
「元気だよねえ。
あたしと、歩太のベビちゃん」
それからすぐに、尚子の口から出たそんな台詞に、僕は思わずギョッとする。
「え?」
と思わず、コンロにかけていた手を止めた。
「うふふ。
この子はねぇ、歩太の子なの」
そう言いながら尚子は、そんな僕にはお構いなしに、あっけらかんとした表情でお鍋に箸を伸ばした。
歩太の子?……尚子のお腹の子の父親が歩太?
そんな事はあり得るはずがない。
「何だよ、それ。あるわけないだろう、そんな事」
僕が呆れながらそう言って笑うと、
「いいじゃん」
と言って尚子は冗談混じりに僕を睨んだ。