慎重に馬を近づけてから、地主様が口を開いた。

「降りてみるか?」

「よろしいのですか?」

「構わない」

 そう答えながら、すぐに地主様は馬から降りていた。

 いつもの事ながら、素早い身のこなしだ。

 両手を差し出され、その腕に縋る。

 この高さから身を投げ出す感じが少し苦手だ。

 いつまでたってもなかなか慣れない。

 それでも飛び込むようにして、降りるのだ。

 大げさかもしれないが、なかなか覚悟がいる。

 それが表情に表れているらしく、地主様には少し笑われてしまう。

 もっとも、そう気が付いたのは最近だ。


 それまでは、そんな事を感じる余裕も無かった。


 それから二人で黙って「彼」を見上げた。

 私が見上げても、彼のてっぺんまでを仰ぎ見る事はかなわない。

 恐らく、地主様ほど背のある方であっても無理だろう。

 天に一番近い所に樹冠(じゅかん)があるなんて、何と彼らしい事か!

 幹は両手を回してみても、とうてい回しきれない。

 幹は太く力強く天に伸び、おおらかに全ての生き物たちに腕を差し伸べているかのようだ。

 その立ち姿はいつ見ても堂々としていて、正に王の威厳を備えていると感心してしまう。

 こうして目の前に立つなんて、本当は恐れ多い気もする。


 だが彼は親しみやすく、誰からも頼られる存在だ。


 その懐(ふところ)には小鳥やリスのような、小さな動物たちが集ってくる。

 根っこの部分も太く張り出し、大地にしっかりと根ざしているのが分かる。


 その姿に、彼は何者にもなぎ倒される事が無いと安心させてくれる。


 だから、自然と膝を少し折って頭を下げた。


 王を敬う礼を表すように。


 地主様も黙って同じように胸に手を当てて、頭を下げた。


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 小鳥たちが鳴き交わしながら、枝にやってきて羽根を休めた。


 翠と藍色で出来た羽根に、瞳はさながら黒曜石の生きた宝石、シュリトゥーゼル達だった。


 きっと伝言を頼んだコたちだ。

 手をそっと振ってみる。

 ありがとうという気持ちを込めて。


 ピィィ―――ロ・ロゥ!

 それに答えるかのように、鳴き声が返った。


「シュリトゥーゼルか。まさか、あの時の小鳥か?」

「はい。おそらく」

「ならば、俺が側にあっては降りて来ないだろうな」


「そうでしょうか?」

「驚かせたからな。繊細な小鳥だ。用心するだろう」


 小鳥たちを見上げながら、地主様が静かに言い切った。

 そこに、いくばくかの後悔が滲み出ているように感じた。

「きっと、もう忘れたと思います」

 そろそろと「彼」に近付いて身を寄せてから、手を差し伸べてみた。