「おい、寝てろって。風邪が悪化するぞ」

だれのせいで?頭がこんなに痛いのは半分尚さんのせいなんだけど。


「……尚さんはそんなにサクが嫌いですか?」

意地悪を言うのも、それを言いたくなるのもきっと尚さんにとってサクが無視できない存在だからだ。


「ああ、嫌いだね。あいつはトワイライトを捨てて俺たちから逃げた人間だから」


トワイライトを捨てた、音楽を捨てた、俺たちを捨てた。

今まで何度も何度も聞いてきた言葉。その度に私はその理由が気になっては気にしないふりをしてきた。


サクが咲嶋亮だった自分を捨てたって言うなら、あんな顔はしない。

私の胸の中でうずくまっていたサクは逃げてるんじゃなくて、戦っていた。

あの時のサクは過去の自分と確かに戦っていたんだよ。


「……サクは過去と必死で向き合おうとしてます。だから苦しいんですよ」

私には分かる。

一瞬で人生を変えてしまうような悲しみは突然訪れて、今までの自分を否定する。

経験しないとこの苦しみなんて理解できるはずがない。


「ははっ、苦しかったり悲しかったりするのがまるで自分たちだけみたいな言い方だな」

「………」

「苦しくても悲しくても、向き合って必死で生きてるヤツもいる。自分たちが一番不幸みたいな顔してんじゃねーよ」

尚さんはそう言い残して、乱暴に部屋から出て行った。


だれもいなくなったスタッフルームは静かで、私は再びソファーに横になった。

頭が痛い。感情的になったせいで、きっと熱はさっきより上がってる気がする。

なんでこんな時に尚さんと口論しなきゃいけないんだろう。正直かなりムカつくけど、追いかける気力も体力もない。


……もういいや。とりあえず今は寝よう。

早く風邪を治さなきゃ。じゃないと、色々な人に迷惑がかかるから……。