――そんなに驚いた顔しなくともよいではないか? 先刻、我と対面したではないか――

 私の目前にいる主を、驚いた表情で見ていたようで、目を逸らし謝罪の言葉がふいに口から零れた。

「ごめんなさい」

 ――いや、汝が謝ることなど1つもない――

 私の瞳に映るのは、あの赤い空間で出会った淡い光の球体。ふわふわと浮かび、声は紛れも無く球体から発せられていた。さっき目にしたのだから、驚くようなことでもないんだけれど。
 ただ、見間違えていなければ、一瞬だけ球体の光が――。

 ――さて、改めて聞きたい。汝の名はなんと言う。我に答えてはくれぬか――

 もう一度そう問われ、今度はおずおずと唇を動かし答える。

「――あきなです」

 ――あきな。汝はあきなというのだな。そうか――

 私の名前を繰り返し呼び、しばらく球体は浮いているだけで、その先は言葉を発しようとはしない。時折、風が吹いては髪がそれに乗せられ撫でて行く。
 そう長く、このままの状態というわけにはいかないと、私が先に口火を切る。

「私はあなたに聞きたいことがあります。もう一度聞きます。あなたなんですよね、私をこの世界に連れてきたのは」

 私が問いかけるも、球体からはしばらく何も発せられず、待っていることがもどかしくて、再び問いかけようとした、その時――。揺れながら距離を縮め、私と同じ目線の球体は答える。

 ――すまない。ひとまず、我についてきて欲しい場所がある――

「その前に答えてくれないんですか? 私があなたに聞いたことをこの場で教えて下さい」

 球体は横切って進もうとしたけれど、私がそれを止めた。何も答えてもくれなくて、ただ私の名前を聞いて付いてこいだなんて――勝手すぎる。

「あなたは一体誰なのか答えて下さい。私もあなたの問いに答えました。答えてくれないのは不公平だとは思いませんか」

 ――ひとまず我の後についてきてくれぬか。それから、汝の問いにも答え、話をしよう――

 そう球体は、風に乗っているかのように揺れ、私を横切って木々の中へと進んで行ってしまう。私は、小さなため息をつき腰を上げて、小走りで球体の後を追った。