王様、ただ1人の姿しか見当たらない。剣が振り下ろされ、もう相手は逃げられる間もなかったはずだった。それなのに、刃が目標目掛けて切り付けられようとした時。煙のように、ゆらりと揺れ姿が消えてしまった。
 王様の刃は空を切り裂いただけ。その光景に急に力が抜け、床へと座り込んでしまっている私。目前では、王様がギリと歯を食いしばっている姿。尚も、苦しげに顔が歪み、荒い息づかいは治まる気配をみせない。

「ちっ! ハァハァ、くそっ何処に消えたっ」

 辺りを360度見渡し、相手の姿を探す王様は剣を頼りに立ち上がる。私もつられて辺りを見渡しても、何処にも相手の姿はない。立ち上がりはしたものの、足元がおぼつかず、今にもその場に倒れてしまいそうな王様。立っているのが苦しそうで、手を伸ばし支えてあげたい気持ちに駆られた。そう思ったら、腰をおずおずと上げて、辺りを見渡しながら王様へと足を向ける。

「王……さ、ま」

 緊迫した空間に足を踏み入れて、緊張の面持ちで一歩前へと踏み出した瞬間――。ゆらりと、王様の背後に薄く浮かび上がった煙を目にした。煙に思えたそれは、次第に模っていく形に私は目を見開き、息を呑む。それが、人の形だと気づくのに然程時間は掛からず、共に現れたそれは真上へと振り上げられた――。

「王様!! 真後ろ!!」

 咄嗟に、身を乗り出し力の限り叫ぶ。私の叫び声に、王様はハッと視線だけを後へと向け、グリップに力を込め握り締める。そして、相手が王様目掛けて力いっぱい剣を振り下ろす。王様――祈るように、今度ばかりは瞼を強く閉じる。

 ザシュッ

 今度は空ではなく、何かを貫いた嫌な音に小さく体が反応する。音が意味するものは、最悪の状況なのか、それとも……。その行く末を知りたい衝動と、そうでない思いが交じりあう。覚悟を最後には決め、胸元に力を込めた拳を置き、恐る恐る目を開く。