――殺す――
体が震えて、足に力が入らなくなって、今にも崩れ落ちてしまいそう。でも、それを押さえ込むように唇を噛み締め、拳を力の限り握った時――。
「とっとと、その"元の世界"とやらに帰れ。目障りだ」
この人にそんなこと言われなくても――私はこの世界に来た時からそれを強く願ってる。家族や友達に会えない寂しさも不安を面に出してしまえば、私に良くしてくれる人達をきっと戸惑わせてしまう。
だから、それを必死に抑えようとしているのに――。
「わ、たし……だって帰りたい」
「…………」
「望んで、来たわけじゃない」
握っている拳が小刻みに震え始める。それは怖さだけじゃない、怒りを含んだ震え。
そして、俯いた視線の先に見えていたアッシュさんの足元がある方向へと視界の端から消えた。足元を追うように、徐々に視線を上げてアッシュさんの背を目にした。
「ちょっと、待って下さいっ」
乾いた空間の歩廊中に、さほど大きくもないのに声が全てに反響する。遠ざかって行こうとする彼の背に向かって言い放つも、立ち止まるどころか私の方さえ見ようとはしない。
「私は望んでこの世界に来たわけじゃない! あなたに言われなくても、私だって早く元の……生まれ育った場所に帰りたいっ」
なおも遠ざかっていく背中――あの人は信じる信じない以前に、私の話なんて最初から聞く耳を持っていない。そう思ったら、無性に悔しくて悲しくて。
「絶対に帰ってみせます! あなたが私を警戒しても、王様に許可を貰った以上は自分の思ったように行動しますっ。あなたに例え……刃を向けられても!」
背を向けている相手に向かって言い終えた後、肩を使って息を吸い込む。アッシュさんは私の言葉なんてまるで聞いていないかのように、平然と単調な靴音と共に去って行った――。
その場に残された私は、アッシュさんが去って行った方向とは逆に向き直り、震える足で歩み出す。真っ直ぐに前を見据えて――強く誓う。
絶対に帰る――帰るんだ。父さんとコウキが待ってる、母さんとの思い出がたくさん詰まったあの家に。絶対に――またあの家の玄関の扉を開けて言うんだ。
ただいまって――。