* * *


「何も異状はないか」

「っはい! こっこちらはかっ変わりありません!」

 無表情で鋭い眼差しの男の問いに、緊張した様子で震える手を額に水平に当てる2人の騎士の姿。

「そうか。今後も気を抜くな」

 呟くように彼は言うと、靴音を鳴らしその場を離れていく――。

「はぁ……やっぱ副団長と違って、いつまでも団長は慣れねぇなぁ」

「あぁ。俺もこの城に長いこといるが、未だに慣れねーよ。人を寄せ付けない雰囲気に、特にな」

 自分達から離れていく男の背を目にしながら、互いが聞こえる程度の声量で話す2人の騎士。

「無表情で毎日何考えているんだかなぁ。いつ何時も顔色一つ変えやしない。そもそも団長は笑ったことなんてあるのか?」

「俺が見てきた限りでは――ないな。あの青い瞳に見られると体が強張っちまう。情けない話だが」

「俺はあの時の顔が忘れられねーな。今思い出しても体がビビッちまう」

「訓練中にお前がへばってぶっ倒れた時のやつだろ?」

「いや、まさか訓練中に死ぬかもって思ったのは初めてだったぜ」

「人にも己にも厳しい方だからな。あの人は」

 その時を思い出したのか1人の騎士が一瞬震えた腕を擦り、既に距離が離れ小さくなった男の背を騎士達は見送るのだった――。










 男は長い通路を程無く歩いてくると、ピタリ歩みが止まった。おもむろに前に向けていた視線を横へやる。

「陽が沈む……」

 青い瞳に沈みゆく陽を映し、己を照らす赤オレンジの光に眩しそうに眉を潜めた。

「今日もまた……あなたがいなくなった夜が訪れます」

 そう口にした男はどこか寂しげな瞳の色が微かに揺れる――そして、唇を噛み締め男の拳には力が込められた。
 男がそうしていた時間はとても短く、次第に消えていく光から目を逸らし男はまた歩み出す。今しがたまで浮かべていた瞳の色ではなく、冷酷な青い瞳で前を見据えた。
 だが、すぐに歩み出した足がすぐさま止まる。それは――。





 コンコンコン

「ジン様? ジョアンでございます。いらっしゃいますか? ……いらっしゃらいようですね」

「……そうですか」

 男が見つめる視線の先には、使用人の副長を務めるジョアンの姿と――その傍らに立つ少女の姿に、青の瞳は厳しさを増し目を細めた。