「父さん。私には、当分先の話だから……」

「当分先っていうか、一生嫁にはいけねーかもしんねーじゃん」

「コウキ」

「風呂入ってくるわ」

 雑誌をテーブルに置いて、睨みを利かせる私から逃げるように立ち上がるコウキ。でも、ふと気になることがもう一つあって、リビングのドアの方へ行こうとするコウキに声をかける。

「ねぇ、よろしくなって言われてなかった?」

「あーまた家を空けることになるから、手伝いちゃんとしろってさ」

 それだけを言って、頭を掻きながら出て行く。私はと言うと、ため息を一つ漏らし背もたれに体を預けて瞼を閉じた。

「そんなに心配いらないって言ってるのに……」

 私達の母さんは、とにかく優しく笑顔も絶やさない人で。母さんには、恋愛や友達の話も1番に聞いてもらってた。私が話終えるまで、にこにこしながら聞いててくれた事を思い出す。

 そんな大好きな母さんは私が中学2年の時に病気で亡くなってしまった。元々体が弱かったのもあったけれど。
 その後、父さんが家のことをやりながら、私達2人の授業参観、体育祭、文化祭……その他いろんな行事に、その頃学生時代からの親友と会社を起こし始めたばかりだというのに、仕事の合間を縫って来てくれてた。無理しなくていいと何回も言ったけれど、結局コウキが中学卒業するまで。小学校の時なんて、数えられるくらいしか来たことなかったのに。
 朝から晩までの仕事が元々多かったこともあり、父さんばかりに頼ってちゃいけないと私が家事をやると買って出た。料理なんて一切やったことなかったから当初は失敗続きだったけれど、そのうち覚えてきて家事も楽しくなった。
 受験の時はコウキが手伝ってくれたり、父さんがなるべく早めに帰ってきてくれてたから、何とか高校も無事に決まって今に至る。父さんはここ最近、前以上に忙しくなったようで。理由は事業拡大をしているらしいからだった。今回の出張が1週間なんて短い方だ。長いときなんて1ヶ月顔を合わさない時だってある。
 社長である親友から長期で渡米をと進められたらしいが、父さんはまだ答えを待って貰っていると、何も言わない父さんに代わって秘書の梶さんがこっそり話してくれた。その為なんだろう。出張が多くなり、家には私達が学校へ行っている間や真夜中とかに帰ってきては――また陽が昇ればすぐに出掛けてしまう生活に。
 そんな父さんの姿を見ている私達2人は心配で仕方なかった。父さんまでいなくなってしまわないか……不安や怖さが私達兄弟の胸の中で密かに生まれていた。