「今日から私達の家族になる、玲菜よ♪」
「…え…??」
「っ、こん、にちは…」
困惑した声を出した俺に声をかけたのはそいつだった。
「…どうゆうこと?」
まだ整理しきらないのは俺だけじゃなかったのか、いつもは冷静なにーちゃんも少しだけ困ったように聞いた。
「だーかーらー、家族になるのよ♪」
そう言ってニコニコと笑うかーちゃん。
意味がわからなかった。
そんなとき、とーちゃんが口を開いた。
「梨香子、玲菜に部屋を案内してあげてくれないか」
「…わかったわ。行きましょう、玲菜」
その言葉に空気を読んでうなづいたそいつ。
「玲菜は、虐待っていって、親から暴力とかを受けていたんだ」
「ぎゃくたい…」
にーちゃんがつぶやくように繰り返した。
「うん、それで、児童相談所に預けられていたところを俺たちが引き取ったんだ」
「…どうして?」
「拓真…」
受け止められなかった。
いままで寂しくても我慢できていたのは、ちゃんと俺の話を聞いてくれて、ちゃんとかまってくれていてから。
それがなくなってしまうのはこわかった。
俺はそのままリビングを飛び出して、部屋に戻った。
正直、どうでも良かった。
そいつが親から虐待を受けていようがいまいが、俺には関係ないとさえ思った。
どうして、引き取らなくてはいけなかったか、
どうして、そいつのせいで俺がこんな思いをしなければいけないのか、
どうして、どうして…
その言葉だけが俺の頭の中に回っていて、玲菜がどれだけ苦しんできたか、どれだけ我慢してきたかなんて考えなかった。
そんな余裕なかったんだ。
もしここで、きちんと受け入れられていたら、あんなこと起きなかったのかもしれない。
悠真は拓真が出ていった扉を見ていた。
「拓真には、むずかしかったかな」
春馬(お父さん)はこまったようにつぶやいた。
「ちがうよ」
悠真は春馬を一瞥して視線をまた扉にもどす
「拓真は…拓真はいつもさみしがってる。父さんたちが帰ってくるといつもうれしそうなかおして…」
「悠真?」
彼の話を静かに聞いていた春馬は突然黙った彼の名前をよんだ。
「きっと…こわいんだ」
「こわい?」
思わず聞き返した春馬。
それに今度は目を見て頷く悠真。
「自分の居場所がなくなるとでも思ってるんじゃないかな」
俺も最初はそうだったからと続けた。
「…そんなこと」
「俺は拓真がこわかった」
「悠真…」
「拓真に俺の居場所を取られると思った。拓真も同じ気持ちなんじゃないかな。俺は血のつながった弟だから割り切れた部分もあったけど、拓真は他人だからね。そう簡単には割り切れないよ」
「そう、だな」
春馬は優馬の小学生にしては大人びた言葉に驚くばかりで、いつもこいつらを見てなかったと後悔する
「…まだ、いってなかったな」
しばらく沈黙が続いたあと、ようやく口を開いたのは春馬だった。
無言で春馬を見つめる悠真の目は次の言葉を促していた。
「梨香子は、女の子と男の子が欲しいと言っていたんだ。だけど、拓真を産んだ時に無理をしてね、もう2度と子供が産めなくなったんだ」
春馬はその頃のことを思い出しているのか、顔を歪めていた。
悠真はその様子から母親が危なかったことを知る。
「だから、養子を?」
「あぁ、…あとな、あの子は喘息をもっているんだ。子供の頃に治療が受けれなくてとてもひどいんだそうだ。運動は命取りになるといわれたよ」
ぜんそく…と呟くように繰り返す悠真。
ダメじゃないか。と悠真はおもった。
これではますます拓真が悪者になってしまうとおもった。
拓真はもっと我慢しなければならなくなる。
それなのに玲菜を責めることはできないのだ。
理不尽だ。そう、おもった。
ーーーートントン…
ーーーー…ウフフ、…。
階段を降りてくる足跡と梨香子の笑い声がリビングまでひびいた。
ーーーカチャ…
「春馬、玲菜部屋気に入ってくれたみたいよ」
「そうか、よかった」
「ありがとう、ございます…」
小さな小さな声で一生懸命お礼をいう玲菜
そんな玲菜をみて、春馬と梨香子は引き取ってよかったと顔を綻ばせる。
「さぁ、お昼ご飯にしましょうか。玲菜、手伝ってくれる?」
にっこりとわらって梨香子がそういった。
玲菜は9歳だったが、簡単な料理はできた。
親に作ってもらえなかったせいか、少しずつ覚えたのだ。
「玲菜、上手ね」
玲菜は必要以上に喋らず、ニッコリと笑ってやり過ごす。
これもだった。
ニコ
少しだけ困ったように笑ってやり過ごす。
それが、幼い頃からの自分が傷つかないための、自分を守るための術だった。
そんな玲菜をみて、梨香子は一瞬悲しそうな顔をした。
しかし、すぐに持ち前の明るさをだし、少しでも心を開いてもらおうと話しかけ続けた。
お昼ご飯ができ、梨香子が拓真を呼びに行く。
「拓真、ご飯できたわよー!」
ーーーートントン…
しばらくして階段を降りてくる音が聞こえ、リビングの扉がガチャっとあいた。
いつものように座ると前に玲菜が座っている。
「食べようか」
「そうね、食べましょうか」
「「「「いただきます」」」」
4人が声を揃えて挨拶をするも、玲菜は無言のままだった。
そしてそのまま全員が食べ始める。
拓真は何様なんだとおもった。
人の家庭に入り込んでおいて、ご飯を出してもらっているのに、いただきますの挨拶もなくご飯を食べ始めるなんて、拓真には考えられなかった。
拓真の中に玲菜への嫌悪が募る。
「玲菜、もう食べれない?」
玲菜の食べるスピードは人よりも遅いのにもかかわらず、1/3を食べ終えた頃から明らかにペースが落ちていた。
玲菜は首を横に振り、一生懸命に食べ始める。
「無理しなくてもいいのよ?」
また首を横にふる。