私の彼は
……………医者です
私はあの日。
医者の彼に、プロポーズをされたハズ。
指輪も貰って、あとは新居とか、その前に両家の両親に挨拶とか…
とにかく
いろいろ準備して、結婚するんだと思っていた。
私は、なんやかんやで、間違っていないと思う。
指輪まで貰っておいて、プロポーズまでされておいて……
いや、正確に言うと。
指輪まであげて、プロポーズまでして
愛しいハズの彼女を一年放置ってどーいうこと?
えっ、
マジでどーいうこと?
プロポーズ日とか流れとか、すべてがドラマチックだった私たち。
なのに、今は何も無し。
まぁ、ある意味でドラマチック。
婚約者は失踪中…みたいな。
失踪まではしてないけれど、音信不通。
失踪中とあんまり変わんないか。
左手の薬指にしてある無駄にデカいダイヤが、家の明かりに反射する。
「地方でボランティア的活動してくるって何?
彼女放置って何考えてんの!?」
プロポーズされた一週間後に、いきなり彼はうちに来て『話がある』と言った。
あまりに真剣な瞳だったから、婚約破棄とか不妊症とかを告げられるのかと焦った。
まぁ。
聞いた後に違う意味で焦ったのは確かなんだけど。
『一年くらい、
地方の病院に行って来ていいかな?』
いきなり言われた遠距離宣言?に、開いた口は塞がらない。
『はぁ?なんで?』とため息混じりに言ったのは覚えている。
『尊敬している先輩が、地方の病院にいて、ちょっと見て来たい』
一年という日数がちょっとなのかは不明だけれど簡単には頷けなかった。
でも彼は、私には理解不能の医療用語を並べて、私に説得。
訳の分からない単語を並べられた私に頭痛が襲いかかり、渋々OKした。
ただのOLに、医療用語を並べんなっつーの。
すると彼はいつになく、嬉しそうに私を抱きしめて、一晩中愛してくれた。
しかし問題は、次の日だった。
『一年くらいの賃貸が勿体無いから、荷物置いていい?』
彼は朝、ベッドの上で私を抱きしめながら聞いてきた。
『洋服類は元々少ないし家具もそんな無いし、
平気だろう?』
勝手に自己満足すると、友達からトラックを借りて、荷物をうちに入れだした。
それが、遠距離を告げられた三日後。
頭で理解出来ていないのに彼は、現実を私に叩きつけてきた。
おまけに、荷物は少ないとか言っておきながら、一つ一つの物が場所を取る。
特にタンスとか箪笥とか。
おかげさまで、寂しくても友達を呼ぶ事が出来ない。
布団をひいたり、雑魚寝が出来るスペースも無い。
さすがに女同士とか、
彼氏でも無い男と、ピッタリ重なるようにベッドで寝たくは無い。
私の私物よりも彼の私物のほうが、確実に場所は取っている。
しかも、腹立つことに
良い物だし…さすがお医者様。
私には合わないんじゃないかって、時々思う。
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声を上げながら、パスタを頬張っている親友。
食べ放題って絶対元なんか取れないハズなのに、何でこの子は取ってしまうのだろう?
しかし、よく食うなぁ。
全部制覇しようとしてるんじゃ………。
「だべないのぉ?」
「お願い、口は閉めて」
「あんたって、
そんなにお行儀が良かったっけ?」
友達の花香Hanakaは、チャーハンを頬張りながら首を傾げる。
とりあえず、医者である彼に、いろいろ奢って貰ってるからなぁ。
最初はテーブルマナーとか大変だったけど、通うたびに様にはなってきた。
今では、花香の食べ方に喝を入れたいほど。
昔の自分はこんなだったクセにね。
「そんなに医者に、いいとこ食わせて貰ってんだ!」
「そーじゃないケド」
マナーが分かると、最低限は人に求めてしまう。
花香に求める時点で、大きく間違っているんだけれど。
花香は面白くなさそうに野菜をフォークで刺して食べる。
「私もあんたみたいに、溺れておけば良かった」
「ちょっと、人がワザと溺れたみたいに…ッ!」
「助けてもらって、
人口呼吸してもらって、お付き合い…
ケッ、
ドラマじゃあるまいし」
花香はミニトマトを口に入れると立ち上がった。
「前菜取ってくる」
「まだ食べんの?」
花香は頷くと、また新たに食べ物を取りに行った。
店員が不安そうに花香を見つめているのは、気のせいだろうか。
花香はいつだって、食べている。
私が海で溺れて死にそうな時にも、食べてたんだって。
いちご練乳のかき氷。
海の監視委員さんよりも先に見つけてくれたのが医者の彼。
本業を疑うくらいなキレイなフォルムで、私の所まで泳いでくれたらしい。
そして、ただ海から助けるだけでなく、心肺停止になった私に人口呼吸もしてくれた。
私にしていいか、悩んだらしいケド。
まぁ。
私はファーストキスを奪われ、最初はお礼も言えないくらいに彼を嫌っていた。
でも、花香の突然の入院が私を変えた。
医者である彼を、少しずつでも知りたいと思うようになった。
それは、彼も同じだったようで、私に好かれるように必死だったみたいだ。
そして、彼から告白されて付き合い始めた。
ファーストキスが彼に奪われたということは、何もかもが初めてということで。
いい歳して処女とか、笑われると思っていた。
でも、初めてそういう雰囲気になった時に怖くなって聞いてみた。
彼が私をベッドまでお姫様抱っこをしてくれている時。
『あの、私処女で…して……その………』
『うん、だから?』
『めんどくさいんでしょう?処女って………
それに経験豊富そうだし……止めてもいいよ?
……なんなら別れる?』
処女という恥ずかしさから、ワケの分からないことを喋っている私。
彼は私をベッドから降ろすと、クスリと余裕そうな笑みを浮かべた。