住み慣れた街。
人でひしめく都会の朝。スクランブル交差点。午前8時。
天気が冴えないこんな日は、嫌な予感が絶えずしている。
今朝はいつもより30分、早く目が覚めた。こういう時は、大抵感覚が研ぎ澄まされ、敏感になっている。
だから、今日はそれなりに覚悟はして家を出たつもりではあった。
信号が青に変わり、人のゴミに埋もれながら一斉に歩き出す。
いつも思う、不思議な光景。
こんなに人がいるのに、どこにも誰も、顔見知りはいないのだ。
だから、みんな笑顔を作る必要はなく、無表情で交差点をすれ違う。
袖擦り合うも他生の縁?本当だろうか…。
丁度、そんな事を思った時、急に高い耳鳴りがした。
…来た。
嫌な予感は的中した。やっぱり来てしまった。
人が多い所は、ハマりやすい。
強い耳鳴りで平行感覚が鈍る。
この瞬間はいつも、意識をどこに向けたらよいか分からなくなってしまう。
覚悟はしていたと言っても、この時は怖い。もう幼い頃から何度となく経験しているが、未だに慣れる事が出来ずにいた。
――成りゆくがままに、ゆっくりと耳が遠くなり、次第に目に映るものが霞んでゆく。
そして、ぼんやりと空間が遠くなるのを感じる。
周りの人々の気配が消えてゆく…。
目を閉じる。
体の力が抜け、歩く事が出来なくなり立ち止まる。こんな朝の混雑の中で、いけない…そう思っても、もうどうする事も出来ない。
虚ろい、瞼が重い。
更に深く目を閉じると、全身の力が一気に抜けていく。
他人には、今の自分はどんなふうに見えているんだろう