どこが素敵なのか、十夜には全然わからない。


「あの子供の処分は、どうなる?」

「本家が香堂だから、香堂側が判断するそうよ」

「そうか」


椿はエプロンを外し、結っていた髪を下ろす。


「そういえば十夜、あんた最近、血飲んでる?」

「・・・・・・いや」

「気をつけなさい。あんまり我慢し続けて、月野ちゃんを襲いでもしたら、笑えもしないわ」


椿の警告に、十夜は小さく頷く。


「あ、言い忘れてた。近々、集まるわよ。音無家が」

「いつだ?」

「5月頃とは聞いたけど、詳しい日程はまだよ。多分、月野ちゃん関係の話でしょ? あぁ、嫌だ」


椿はそう言いながら、キッチンを出ていった。


(音無家が集まる。月野に何もなければいいが・・・・・・)


十夜はキッチンの明かりを消して、自分の部屋へ戻ることにした。



―――ピピピッ


(朝? 起きなきゃ・・・・・・)


目覚まし時計の鳴る音が頭に響いて、月野はうっすらと目を開けた。


―――ピピ・・・・・・ッ


「・・・・・・?」


うるさかった目覚まし時計が、見つける前に静かになった。

月野は少しだけ頭を動かして、目覚まし時計がある場所を見た。


「綾織、くん?」


制服をきちんと着た十夜が、目覚まし時計のスイッチを切ったらしい。


「あ、学校・・・・・・」

「今日は休んでろ。美鶴さんも、そう言ってる」

「でも、具合が悪いわけじゃないし」


ずる休みは良くないと、体を起こそうとする月野。

そんな月野を、十夜が優しくベッドに横たえる。


「・・・・・・っ」


近くなる顔の距離に、月野は思わず顔を背けた。

昨夜のキスがありありと浮かんで、十夜の顔を直視できない。



「念のためだ」

「・・・・・・綾織くんは?」


顔が離れると、月野は視線を十夜へ戻した。


「俺は行くに決まってるだろ。ひとりで大丈夫か?」

「花村さん達もいるわ」


それに、病人というわけではない。

月野は見送ろうとしたが、十夜は寝てろと言って、部屋を出ていった。


(・・・・・・どうして、キス・・・・・・あぁ、ダメ!)


思い出すと、恥ずかしさで死んでしまいそう。

月野はベッドに潜り込み、思考を遮断することにした。










「十夜! あれ、月野ちゃんは?」


学校に着いたところで、十夜に明るい声をかける鷹斗。

その後ろには愛理もいて、十夜を見つけると笑顔で駆け寄った。


「まるで犬だな」

「うるさい。・・・・・・あの雑種は? 襲われた、って聞いたけど」



情報が行き交うのは早い。

十夜はため息を漏らしながら、教室に向かって歩き出す。


「念のため、今日は学校を休ませるよう、美鶴さんに言われてる」

「そう・・・・・・。怪我とか、したの?」


愛理の言葉に、鷹斗が楽しそうに笑っている。


「そんなに気になるなら、帰りにお見舞いに行こうぜ」

「鷹斗」

「いいだろ、別に。それに、月野ちゃんを襲ったのは、ガキとはいえ香堂に連なる者だ」


詳しく話さないにしても、月野の顔を見ておきたい。

鷹斗の真意に気づいたのか、十夜はそれ以上、何も言わなかった。





教師の教科書を読む声を聞きながら、十夜は空席の隣を見た。

本来なら、鷹斗や愛理と同じように、十夜も特進クラスにいるはずだった。

けれど、美鶴の配慮で月野は特進クラスではなく、普通のクラスに転入した。

それに伴い、十夜も今年は特進クラスではない。



まぁ、好奇や羨望の入り混じった視線を向けられるのは好きじゃないが、関わろうとしてこないのは助かる。

特進クラスだと、愛理や鷹斗、他のヴァンパイアが寄って来るから。


(ひとりは、久しぶりだな・・・・・・)


窓から見える青空を眺めて、十夜は小さくため息を漏らした。










カチ、カチッ。

マウスを動かし、慣れた様子でクリックする。


時刻はお昼過ぎ。

何もすることが浮かばなくて、月野は部屋に置かれたノートパソコンで暇を潰すことにした。

検索ワードは、【ヴァンパイア】。


「コウモリに変身・・・・・・」


さすがに、それは無いだろう。

月野は首を振り、パソコンを閉じた。


(お父さん・・・・・・)


携帯の通話履歴に残る、父の名前。

逃げ出したくなったら、いつでも迎えに来ると言ってくれた。



電話してしまおうか?

もう嫌、帰りたい。

そう言って、逃げ出してしまおうか?


月野は画面を見つめ、ボタンを押そうか躊躇する。


―――コンコン。


「月野?」

「ど、どうぞ」


この声は、美鶴だ。

月野は携帯を閉じて、イスから立ち上がる。


「今、時間はあるかしら?」

「だ、大丈夫」

「そう。では、いらっしゃい」


迷いながらも、月野は美鶴についていくことにした。





美鶴が連れて来たのは、自分の自室だった。

月野の部屋より何倍も広く、中央に置かれたベッドも大きい。

家具や調度品は、部屋の雰囲気に合っていて、センスの良さを感じる。

まるで、物語に出て来そうな程、素敵な部屋。


「お茶をお持ちしました」


椿が銀色のトレーを持って、部屋にやって来た。

テラスが見える白いテーブルに、小花柄のカップと、焼きたてのスコーンを置いていく。



テラスの先には、バラ園が見える。

月野が初めて、ヴァンパイアの存在を告げられた、バラ園が。


「失礼致します」


椿が部屋を出ていくと、美鶴は座るよう月野を促す。


「体調はどうかしら?」

「平気、です。別に、学校を休むほどじゃ・・・・・・」


紅茶を口にする美鶴を見て、月野もカップを手に取る。

月野のカップには、ミルクティーが注がれていた。


「ごめんなさい」

「え?」


突然の謝罪に、月野はカップから視線を外した。


「襲われて、怖い思いをしたでしょう?」

「・・・・・・」

「それでも、私はお前を手放すわけにはいかないのよ」


優しげな言葉に聞こえても、本質は氷のように冷たく鋭い。


「私の夫―――お前の祖父を、見たことはある?」


月野が首を振ると、美鶴は席を立ち、アルバムを取ってきた。



「私の夫―――香月よ」


1番最初のページ貼られた写真には、紳士的な笑顔を浮かべた男性が写っていた。


「名の通り、私の暗い夜を照らす、月のような人だったわ」


愛おしそうに、懐かしむように。

美鶴は写真を見つめる。


「お前に、どこか似ているわね」

「私、こんなに綺麗じゃない」

「雰囲気の話よ。でも、黒髪や目元辺り、似ていると思うわ」


そうだろうか?

月野は写真をジッと見つめた。


この人が、美鶴の大切な人。

この人が亡くなったから、美鶴は―――。


「あぁ、これは慧ね」


ページをめくった美鶴が、ある写真を見て手を止めた。


「小さい頃の、お父さん」


香月と美鶴の間で、笑顔を浮かべているのは自分の父だ。

父は自分の家族のことも、小さい頃のことも話さないから、この写真は貴重だ。



「お前にあげるわ」

「え、でも・・・・・・」

「いいのよ。私が死んだら、この写真達は、価値が無くなるもの」


そう言って、美鶴は3人が写った写真を、月野に渡した。


「価値が無くなる・・・・・・」

「この頃が、1番幸せだったのかもしれないわね」


美鶴は紅茶を飲み、微笑を浮かべた。


「おばあちゃんは、お父さんに会いたい?」

「会いたいと思ったことはないわ」


カップを置き、美鶴はアルバムをそっとなぞる。

幼い息子の写真を見つめ、目を伏せた。


「本当は、会いたいんじゃ・・・・・・」

「あの子は、音無を捨てたのよ。会うことなど、無いわ」


躊躇いのない言葉。

月野は俯き、ミルクティーを飲み干した。










「月野ちゃん! お見舞いに来たよ〜」


ノックも無しに扉が開いたかと思えば、元気な鷹斗が部屋に飛び込んできた。