「いいえ・・・けれど、目を覚ましたら、私は家にいましたよ」


 噛み締めるように、莢は言った。

なるほど、死んでからの記憶は無いわけだ。


「雑草も生えっぱなしで、もう何年も私が家にいなかったようだったのです」


 言うまでも無いが、莢は死んだ。その骸を、天冥もとい多優が、件の桃の木の下に土葬したので、

もう莢の住んでいた所を整理する者などいないだろう。

それに、そこはもう十一年もの間ほったらかしにされていたのだ。


「お前は、十一年前に死んだのだ。しかし、お前は今ここにいる」

「はて、私にはちゃんと足がありますよ」


 ううむ、と悩む姿は、生気に満ちているようにも見える。

 莢が蘇ったのか、と半ば確信に近いものを抱いた。


「まあ、いいではありませんか」


 考えるのが面倒になったのか、莢はにこりと微笑んだ。


「生きているということは、本当ですから」

「いや、おい――」

 
 すっかり天冥は根負けした様子で言いよどむ。

 生憎、天冥は昔から道満と莢にだけは頭が上がらないのだ。

外道の貴公子とは思えぬほどの、弱体化である。


「生きていられて、嬉しいのです」


 腕に抱えていた籠を、莢はこころなしか強く抱きとめていた。


「生きていれば、また何度だってあなたに会えます」


 天冥は、今この場で身を翻して立ち去る事もできたろう。

しかし、どうしてか金縛りにでも遭ったように、天冥は動けずにいた。

 百鬼は、悲しげに引き下がって、隠形した。