そして 私たちは.....


郊外の小さな喫茶店

ドアを開けるとカランカランと鈴の音が鳴った

「ただいま」私はいつもの様に挨拶をする

そして
カウンターのいちばん左端に座る 私の特等席

「お帰り」珈琲を点てている背中が答える

「はい お土産」
「いつもありがとう 今回は どこまで行ってきたの?」

振り返り私に向ける笑顔は逞しくなった先輩

「スペイン」

「変われば変わるものね 飛行機がだめだった子が 
         今じゃあっちこっち 世界を飛び回っちゃって」

「ほんとね」ふたりは笑った

「はい いつもの」

珈琲を差し出した彼女の手を見る

少しやせた指には
今もまだ  
あの淡いピンク色の桜貝の指輪が飾られている


またカランカランという音でドアが開いた

「ただいま かあさん」

制服姿の可愛い彼が私を見る

「あ お.ね.い.さん 帰って来たんだ」
「久しぶり 坊や」
「やめてよ その呼び方 もうガキじゃないんだから」
「坊やも嫌味でその呼び方はやめて」
「あなたが教えたんでしょ お.ね.い.さん」
「そうだっけ」
「やだね 歳をとるとすぐ忘れるんだから」

可愛い顔して彼が言う

「幾つになったのよ?」と 私が聞く

「ほらっ また 忘れてる もう15だよ」彼が答える

「そっか…」

私たちも年を取るわけだ

あの時 彼女のお腹に芽生えていた命は


「そうだ 15歳の記念に写真撮ってあげる」
「まぁた~?」
「何よその言い方」
「何かあるとすぐ記念写真だって撮るからさ」
「あんたは 何んてことを言うの 
       賞をとった 今を時めく売れっ子カメラマンに」
「そうよ 先輩 もっと言ってやってよ」

私は

あの時 彼から カメラを貰っていなかったら  

人生は不思議なものである

彼女も

あの儀式は終わりではなかった 彼女の新しい人生の始まりだったのだ


「あ…私 もう行かなくちゃ」
「え~もう」
「うん 今度の仕事は韓国の超売れっ子の
           アーティスト3人組の写真集の撮影なの」
「羨まし~サイン貰ってきてね」
「ミーハー」
「なんとでも言って ねっ 忘れないでよ」
「はいはい じゃ行ってきます」
「気をつけてね 行ってらっしゃい」

月日が経つのは 早いものだ

ドアを開けて空を見開けた 真っ青な空に白い雲が浮いている

あの頃と同じ様に 



お店の白い壁に掛けられている写真
夕陽の中で微笑んでいるウエディングドレス姿の彼女の横顔


その写真の下には
【第24回……大賞 タイトル 8月の花嫁】と 記されている


そして….彼女は 

あの日の誓いを 今もずっとひとりで守り続けている




8月の花嫁 .....FIN