いまだはっきりしない頭でも、何やらとんでもない手間をかけてしまったことくらいは理解できた。布団から這い出て、傍らに座る男に向けて姿勢を正し、深々と頭を下げる。

「大変、ご迷惑おかけしました。見ず知らずの方にここまでしていただいて。有難うございます」
「…」
「…あの、何か?」
 
 何か口を開くどころか、微動だにしない男の気配にいぶかしんで頭を上げれば、男は、目をぱちくりと呆けた顔をしていた。

「ええと…、どうしましたか?」

 今の礼に何か不備があったとしか思えなかった。もしかして、見ず知らずの人ではなかったのか。そう思い、男の顔をまじまじと見つめたが、さっぱり心当たりもない。

「あの、」
「…いや、うん、ごめん。そんなお礼をされるとは思わなくて」
「え?」
「その、なんというか」

 歯切れの悪い男の答えに、首を傾げるしかない。
 しばらく、というほどでもないが、考え込んだ男はうん、と一人うなずき、再び口を開いた。

「間者の疑いで、捕らえたつもりだったんだよね」