「孝明天皇誘拐計画、ですか」
土方さんに呼ばれて来たのは、土方さんの私室。文机と寝具、それと刀が置いてあるだけの、シンプル、というより本当に何も無い部屋だ。投げ渡された座布団に腰を下ろせば、土方さんは地図と、それから何通かの手紙を広げ見せた。そして話し始めたのが、孝明天皇の誘拐について。先日、沖田さんから聞かされた内容と大きな差異はない。
「ああ。攘夷派が勢力挽回のため、御所に放火し、親王幽閉、要人の暗殺、そして天皇の誘拐。大それた計画だ、が、これが本当に実行されたらとんでもないことになる」
「そうでしょうね」
「加えて、それを阻止し、手柄を立てれば新撰組の評価は一気に上がり、その名は天下に知れ渡るだろうよ」
「…この情報は」
「俺たちしか知らないが、いずれにしても、上に報告はしなきゃならねえ。――まあ、んなこと気にせずとも先に踏み込んじまえばいい」
土方さんは広げた、恐らく京都の地図の二箇所を指差す。
「攘夷派の奴らは、その計画の実行のために何度か会合を開くそうだ。そして近いうち、京でまた行われる。そこを叩く」
「その、候補場所ですか?」
「ああ。片っ端から調べた結果、恐らくこの四国屋か、池田屋だ」
池田屋。さすがにその名前を聞けば、これから何の事件が起こるのか分かった。大きな立ち回り、なんてレベルじゃないだろう。池田屋事件。確か、新撰組の名声を引っ張り上げた事件だ。その一方で攘夷派たちは多くの政治的な逸材を失う事件。そしてこれを機に、長州による攘夷運動は加速していく。