納得したのか、していないのか。男は笑んだまま、刀を引いて、傍らにあった布で血を拭う。刀が抜けた手のひらからは、圧迫されなくなった途端に血が溢れ出す。
「結構な力で握りしめていたみたいだね。大丈夫?」
「…」
「警戒しないで。仲直りしようか」
「…は?」
「疑ってごめんね」
そう言いながら、男は血を拭った刃物を鞘に仕舞う。
「え、と」
「最初から結構灰色だったんだよ?まあ君の着物と持っていた刃物を見てから、黒に近かったけど」
「…」
「君が君の兄を殺したことに、嘘を言っているようには思えなかったし…。一瞬、切られた隊士が君の兄かと思ったんだけど、確かあいつは財産分与もされない一番末の子って言っていたからね」
態度がころころと変わる男に、戸惑うも、とりあえずは訳の分からない疑いが晴れたことに安堵する。
「拘束してごめんね?家まで送ろう。この近くかい?」
その言葉に、思考は一瞬止まった。
頭の奥では考えていたけれど、認めたくない事実が、過ぎる。
確かに私は飛び降りた。あの高さで死なないなんて、よほど幸運だ。
けれど辿り着いた場所は、深い竹林。竹林を抜け出した先は、暗くてよく分からなかったけれど、古い時代の日本の姿のように思えた。
そして男の言葉。攘夷。いつかの歴史の授業で習った言葉だ。確か江戸後期から幕末にかけて起こった、異人排斥運動のこと。
実に現実的な考えとしては、この男が歴史マニアで、現実と妄想がごちゃごちゃになった、少し残念な人、ということ。
そして非現実的な考えとしては、ここは江戸時代であること。
実は夢でした、なんてことは、痛む手のひらが夢ではないことを告げる。