「今日遅くなるから、先にご飯食べてて」

「わかったよ。行ってらっしゃい」

足元では愛犬が二人の足の間をぐるぐるとまとわりついているなか、玄関先で軽くキスをして家を出る私。行ってらっしゃいのキスを欠かさずすることが私たちの日課。
そして、送りだされたのは私で家に残ったのは彼氏である。


ひとつ年上の彼氏は、売れない小説家をしている。


学生のころからの付き合いだが、実家暮らしだった彼が仮面会社員を脱サラして小説家としてデビューしてからは、一人暮らしだった私の家で仕事をするようになった。愛犬ジュニアが独り占めしていた我が家はたちまち彼の創作活動の場に。

それまでは私が帰宅すると、日永一日部屋でしょんぼりと主人の帰りを待ちわびていたジュニアが待ってましたと言わんばかりに飛びついて出迎えてくれていたが、遊び相手が出来てからというもの、帰宅時の熱烈なお出迎えはない。

代わりに「お帰りなさい」の彼氏からのキスが増えた。
ジュニアの主人としては複雑だが、代わりに増えたキスも悪くない。


そんな同棲生活もかれこれ3年ほどになるだろうか。

同棲が始まってからも家のことは、すべて私がしている。
彼氏は一切家事をしない。

というかそれまで実家暮らしだっただめ、家事の経験は一切ない。そして私も彼氏に家事をしてもらうことは期待していない。もともと世話をするのが好きなタイプであったので、無理することなく自然とそういう形になっていた。

純粋で素朴でまっすぐに育った彼氏は、私の作った料理はいつでも「美味しい」と笑顔で平らげてくれて、何か物を一つ代わりに取って渡すだけでも「ありがとう」と笑顔で言う。

なかなか「ありがとう」と感謝の言葉を口にする事が難しくなっている現代に、きちんと感謝が返ってくるというのは貴重ではないだろうか。その尽くしがいのある彼氏と、私の世話好きはぴったりのコンビだと思っている。