「深い意味はないんだけどさ。なんとなく、私と夏樹君ってどんな関係上にあるのかと思って」

「あたし、夏樹と二人きりにはなるべくなりたくない」

「それ彼女の台詞?」

「だって」




はあ、怜香が溜息を吐き出した。そういえば、今日の怜香はいつもより疲れが溜まってるようにも見える。




「夏樹君と昨日なにかありました?」

「…夏樹、腕力が恐ろしいほどに強いのよ」

「もうすこしわかりやすく」

「…昨日、夏樹の家に行ったの。ちょっとした用事でね」

「…はあ」




話に耳を傾けながら相槌を打つ。






「二人きりになったと思ったら夏樹がぶっ壊れたのよ」

「夏樹君は正常じゃないんですか」

「いきなり抱きしめられたんだよ。あいつ腕力はんぱなくて。窒息死するかと思った」

「夏樹君が抱きしめてるのが窒息死への心配してる怜香だと思うと甘さの欠片もないよ」

「必要ない。寧ろあれだけであたし二日酔いした気分。ていうか胸やけ」

「お疲れ様です」




へえ。意外と夏樹君って積極的なんだ。にしても怜香が苦労してるのがびしびしと伝わってくる。

…すこし、羨ましいのが本音だったりする。






「…郁也、そんなこと絶対しないからなあ」

「藤崎がそんなことするならあたしは砂糖を吐き出す自信あるけどね」

「似合わないもんね」




郁也に甘さを求めたらいけない。これ名言にしようかな。

意外な夏樹君の一面を知って、すこしばかり優越感。




「…郁也は知ってんのかな。夏樹君がそういう人だってことは」

「さあね。あたしはどっちでもいいわ。…それよりさ、ねえ佳奈、夏樹に言ってよ。束縛しすぎると捨てられますよって」

「それで夏樹君に泣きつかれたら私が困るから遠慮します」

「じゃあ藤崎でも良い。頼んで」

「…聞いてみるよ」




にしても夏樹君と怜香は上手くいってるみたいだね。この前も順調だとは言ってたけどさ。

それにどこか安心しながらも、郁也の方をちらりと覗き見た。







時間は経って昼休み。がやがやと教室の中は騒がしくなる。

私と怜香は並んで廊下に出た。手には昼食を持って。




「あーあ。あの教師って一々話が長いから嫌いなんだよね」

「確かに長いね」




さっきの授業に出てきた担当教師のことを口に出した怜香は、嫌そうに顔を顰ている。


その先生はべらべらと話が長くて、鐘が鳴ってもすぐに授業が終わることは滅多にない。

しかも四時限目と言ったら皆昼休み目前でお腹を空かせてるわけで。誰ひとり集中して世間話なんかに耳を傾けようとはしていない。

それよりも苛立ちに顔を歪めてるに違いない。






「こっちは昼休み前でお腹空かせてるってのに。あの人嫌い」

「皆すごくイライラしてるよね」

「わかりやすいくらいにね」




苦笑を浮かべながら、昼食の入った包みを解いていく。

ちらりと隣を見れば――――早い。もう怜香は食べる態勢に入ってる。


「早くしろ」と言わんばかりに私の指先をじっと見てくるから、慌てて弁当箱を取り出した。

あわわ、怖いんだけど、なにこの子。






「…あれ?なにこれ、超綺麗じゃん」




ぱかっと蓋を開く。おいおい、なんだこれは。

自分でもぎょっと目を見開いた。…これ、私のだよね?




「自分で作ったの?」

「信じられない、みたいな顔しないでよ。お父さんだよ、作ったの」

「ああ、あの人そんな器用だったの。…えらい可愛らしいな」

「有り難み感じるよりも気持ち悪さを感じるよ」

「そんなこと言っちゃ駄目でしょ」




開いた弁当箱の中身はすごかった。すごいなんてもんじゃない。

卵焼きめちゃくちゃ綺麗だし。焦げてないし。なんか人参が花形になっちゃってるし。

冷凍食品が入ってない。…あ、朝から全部作ったんかい。尊敬してしまうんだけど。






きらきらと輝いてる。私が作る弁当はいつも殆ど黒い。真っ黒。

それに比べて、お父さんが作ったのは彩りがハンパない。すごく綺麗だ。


まあ、あの人器用だしな…。思いながら、ぱくりと口の中に焦げてない卵焼きを運ぶ。

うわ、美味しい。




「…怜香、なんでお父さんこんな器用なんだろう…」

「なんで遺伝しなかったのかが不思議だよね」

「して欲しかったわ」




思わずお父さんに聞いてしまいそうになる。

……お父さんと私って、まじで血繋がってますか?って。

いや繋がってるよ?繋がってるけど。






「佳奈の父親って歳いくつ?若いよね」

「詳しい歳は知らない。若い?」

「あたし最初見たとき兄弟とか親戚かと思った。父親には見えない」

「若い、かな」

「見た目が若い」




言われてみれば、まあそこそこ若いかもしれないな。

私も老いてから若々しく見えるといいんだけど。…遺伝してて欲しい。そこだけでいいから、せめて。




「佳奈の父親って優しそうだよね」




端で口にお菜を運びながら、怜香は私に言った。




「優しいかもね。昨日頭撫でられたよ」

「溺愛し過ぎてる」

「流石にここまで来ると気味が悪いよね」






思わず苦笑い。優しいけど、優しいけども。

流石に"限度"ってものがあるんだよ、お父さん。




「まあ良かったじゃん。良いお父さんで」

「そう思うことにする」




ぱくり、次はハンバーグを口に運んだ。…これもまた美味しくて、

自分が女に生まれてきたことが哀しくなった。哀しい。




「…美味しく綺麗に作れるように、頑張るよ、怜香」

「…何年かかるかが問題だけどね」

「え、そんな?そんなかかりそう?」

「かかりそう」




ええ…。がくりとうなだれる。頑張ろう、どうせなら怜香が驚くくらいになりたい。

そう思いながら視線を隣に滑らせれば。




「…お互い、やりたいことやれば良いよ」

「やりたいこと?」

「やりたいこと」




そう怜香が言った。…やりたいこと、か。




「じゃあ私は夏樹君のこと郁也に言ってみるよ」

「頑張って」