それが事故に繋がっていたかは定かではないけれど、

もし仮にあたしが、あの言葉を言わなければ。



佳奈は、…いや、佳奈の母親の不安は取り除けていたかもしれない。

あたし、なんてことをしてしまったんだろう。




「…っ、あたしがいなければ、…良かったのに」




生まれて初めて、自分を殺してしまいたいと思った。

酷く呪った。
なんでもいい。姿かたちを消してしまいたいと、そう思った。




あたしがあんなことを言わなければ。



【後悔先に立たず】

そんな言葉、思い出すのも今更すぎて笑えた。




生まれた後悔は、きっといつになっても消えることはない。

親友に深い傷を負わせてしまったことへの償いはなにをすれば良いのだろう。



どうすれば、許してもらえるだろう。








   「ごめんね」




あたしが謝ったところで消えた命はかえってこない。

痛いくらいに突き刺さる現実に、ただひたすら涙を流した。




  「ごめんね」

 「許して欲しい、なんて言わないよ」

「だけど、あたしの親友でいて欲しい」

   「ごめんなさい」

「ごめんね」




謝らなくちゃいけない。

「ごめんなさい」と、深く深く、頭を下げよう。

それで許されることじゃない。それはわかってるけど。








***


ざわざわと、いつも通りの賑やかな教室で、

ひとり、俯いて溜息を吐き出した。周りのクラスメートは騒がしい。



「おはよう、怜香」友人に言われて「おはよう」と咄嗟にかえした。

佳奈が学校を休み初めて一週間ほど経った。…当たり前だ。

そんな簡単な問題じゃない。…【まだ】一週間しか経ってない、…そう言うべきかもしれない。


一週間なんて、傷を癒すのには短すぎる。

佳奈のことだから、そろそろ学校に顔を出すかもしれないけど、あたしに笑ってくれるだろうか。



そんなことを考えていたあたしの耳に届いた、がらり、と教室の扉が開く音。




「…佳奈」




小さく呟いた。
彼女にはきっと届いていないだろうが。




がたんと席を立つ。

…まずあたしがしなくちゃいけないのは、彼女に謝ることだ。








***


二人並んで、賑やかな教室からドアをくぐり抜けて静かな廊下に出た。

そのまま誰もいない空教室に入って行った怜香に着いていく。



使われていない荷物置場になっている教室は、とても静かだった。

足を踏み入れてから怜香を見て、息を呑んだ。




「…怜香?」

「…、」




それはもう苦しそうに、唇を噛み締めて顔を歪めていた。

名前を呼ぶも、呼びかけに対しての返答はない。




すると、俯きがちになっていた怜香が顔を上げたかと思えば、

静かに、口をついた。




「ごめん」




ぽつり。呟いた怜香はまた俯く。




「…え?」






疑問符を浮かべる私。

…それは、なにに対しての謝罪なんだろう。わからずにいる私に、また怜香が口を開いた。




「…あたし、凄く無責任だった。…ごめん。あんなこと言わなければ、良かったのに。…っ、ごめん、佳奈」

「…、」




そこで、理解した。

怜香が言った【あんなこと】。それは多分、…保健室でのことだと思う。




「…怜香、」

「…本当、ごめん」




今にも泣きそうな彼女。きっと、何度も自分を責めたんだと思った。

何かに胸を強く噛まれるように、ずくりと痛む。…痛い。






「…佳奈の母親が事故に遭ったって聞いて、すごくショックだった。…佳奈は母親の不安に気付いてたのに、…あたしが、それを無いものにしたから」




怜香が、自分を守るように片腕で自身を抱きしめるようにしながら、そう言った。

聞いているだけで辛かった。…怜香はきっと苦しんでいて、なにより後悔している。

もういないお母さんのことを言われて、悲しいと思う。



二つの目前の現実が、とても悲しいものだったから、泣きそうになった。

並べてみると余計、悲しくて。…そんな顔、させたくないのに。




「…それは違う」




だから、そんな顔させたくない一心で呟いた。






「…」

「それは違う。お母さんの不安だったことは本人からちゃんと聞いたんだよ。…その日に、お母さんは事故に遭った」

「、」

「だから怜香が気にすることじゃない」

「、でもあたしが言わなければ、もっと早く不安は取り除けてたかもしれない。事故に遭った交差点にも、行かなかったかもしれない」

「…、」




怜香の顔に、悲しみの色がぽたりと零れ落ちる。

さっきよりも歪んだ彼女の瞳。…こんなにも、自分自身を責めて涙を流してるんだ。




「…怜香、そんなに自分を責めないでよ」






そう言ったけど、怜香はふるふると首を左右に振った。

すっと顔を上げて、私を一直線に見てくる。




「…じゃあ佳奈は辛くないの」

「…、」

「家族が一人いなくなったのに、悲しくないの?辛くないの?」

「…それは、」




…辛いに決まってる。

だけどそれをどう言葉にしたら良いのかわからくて、口を固く結ぶ。




「…あたしには家族がいるからわからないけど」

「…怜香」

「…無理して笑おうとしないでよ。…辛いんでしょ?あたしになんて、気を遣わなくて良い」







怜香は力強く、そう言った。口を割った怜香は、どこか清々しいような顔をしていて。


つんと鼻にくる。…こんな場所で、怜香の前で、泣きたくなかったのに。

そう思うも、もう手遅れだった。頬を伝ったものがなんだかわかってしまって、止める術はなくしてしまった。



怜香が顔を歪める。
だけど視線は私から外そうとはしない。

力強いのに、どこか切ない。そんな瞳だった。




「抑えないで泣いてよ。…吐き出してよ」