空回りな僕等【完】




―――――――…



「……、なんで」




握り締めた指先は、軽く痙攣を起こしていた。

痺れを指先に感じながら小さく吐き出した、自分の声。




「……、」




何一つ伝わっていなかった。その現実が、自分の理想論を馬鹿にしたように煽った。






わかってはいた。…彼女の表情を見たときから、こうなるのではないかということは。

きっと、避けられるか、非難されるか、…わかっていた。


だけど、それでも言い返せずにいたのは、彼女が涙を見せたからなんだと理解する。




『、私ばっかり』




違う。そうじゃない。
…闇の中で藻掻く自分に彼女は刃のような言葉をかけた。




『…もう、良いよ。最初から好きなんて感情、無かったんでしょ』




じゃあ自分は、どう答えれば良かった?

嘘偽りない現実を話しても、彼女が笑ってくれる可能性は、無いに等しかった。


それが、嫌だった。
どうしていれば、良かった?






「………、」




自分の好都合で彼女に重荷を課したことは、自分が悪い。

彼女と別れる際に言われたことは、




――――――『私より違う子の方が、隼人は一緒に笑ってられるよね』

そんな痛切感を交えたような、言葉だった。


それが彼女の笑顔になるのだと選んだのは自分だった。

だけれど。彼女に涙を流させたのも自分だった。それが、現実。



どうしていれば、どうすれば、後悔せずに済んだのか。

今更過ぎて、わからなかった。







――――…



翌日になって窓際の自席に座っていれば、嫌でも思い出す、昨日の情景。



――――結局、横を通り過ぎた彼女の腕を引くことは、出来なかった。



後悔ばかりが自分に降り懸かった。嫌気がさす。






友梨に対しての恋情を持っていなかったわけじゃない。寧ろ、逆だった。

彼女のことが、友梨のことが、ただ好きだった。


付き合ってみてわかったのは、自分の嫉妬と欲の深さ。

女々しいくらいに、俺は嫉妬深かった。



それに気付くも、どうしようもない欲深さに、所詮勝てる筈もなかった。







***


彼女が出来たのは高校二年になってから。

友梨は俺の名前を呼ぶとき、いつも照れたような笑顔を浮かべる。

彼女の癖がわかるくらいに、自分にとっての彼女の存在は大きく、濃くなっていった。



そんなとき、だった。




「なあ、隼人」

「なに?」

「…あのさ、隼人の彼女ってさ」





唐突に、その名前を出された。なにかあったのかと、その目に視線を送った。

大地が、「…あれ」廊下の方を指差した。






「…なんか最近噂になってるんだよ、…あいつ等付き合ってんじゃないかって」

「…あいつ?」

「…そこにいる」




小さく言葉を落とした大地。廊下に視線を当てれば―――――、いた。


友梨と、知らない男子。クラスメイトか、なにかだろうか。

どくん、一度、心音が上がった。




「いや、でも違うよな。隼人たち、まだ付き合ってるもんな」

「……」

「男友達、だよな。…随分、仲よさそうだけど」

「…そうだな」






このとき初めて、自分の嫉妬深さに気付いた。

言いようのない怒りを感じた。…誰だよ。なんで友梨、あんな楽しそうに笑ってるんだ。



―――――…




「仲良いのかよ」

「え?」

「最近一緒にいる奴。付き合ってるのか、噂になってるらしいけど」

「…柴崎君の、ことですかね?」




また、ふつふつと怒りが込み上げる。

その名前を、彼女が口にしただけ、なのに。




「…随分と仲よさ気だったけど」






「…いやいやクラスメイトだよ?ただ、ちょっと話が合っただけで」

「…それでも噂にはなってるけど。そんなに、その柴崎君と話すのが楽しかったのかよ」

「…ちょ、…隼人どうしたの?」

「俺と付き合うのより、その人と付き合った方がいいんじゃない?」

「――――…、」




言ってはいけなかった。わかってた、のに。

友梨が顔を歪めた。

『なんでそんなことを言うのか』…そんな表情を晒した。そこで、今更後悔する。



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