「あ……」

 少女は何か言いたげに右手を伸ばしてきたが、途中で思い直したように手を引っ込めた。

「頑張るの、だぞ……ブルドックに……」

 どうやら桐原の心の中のブルドック課長を読み取ったらしい。

 少女はそれ以上何も言わず、ただ左右色違いの目で淋しそうに桐原を見つめているだけ。それだけだった。

「おう」

 桐原も、それだけ言うとくるりと背を向け、冷めた弁当を持って歩き出した。どうせもう会わないなら、深く関わらない方がいい。

 今までの経験上、深く関わった人間とはあまりいい思い出がないからだ。

 しかし心のどこかでは、また会えたらいいなと思わずにはいられない……不思議とそんな魅力を持った少女だった。

 そういえば、

「面白い私服着てたな。あんなのが最近は流行ってるのか?」

 ぽつりと漏らした独り言は、誰に届くでもなく、灰色に覆われ始めたビル街の空に吸い込まれていった。

 これは一雨くるかもしれない。