「桐原さーん。夜魅さんはまだ安静なんですからねー」

「あ、すいません。そろそろ帰りますんで……。悪い、じゃあそろそろ仕事に戻る……って、どうした?」

若い女性看護士との受け答えを見ていた夜魅が、信じられないものを見たかのような顔で桐原の顔を見つめている。

「空!お前!今普通に女性と話していたではないか!」

「あー……。そういや言ってなかったな。俺、『人間恐怖症』が治ったみたいなんだよ」

「何!?」

「待て待て待て待て!」

俊敏な動きで枕元へと手を伸ばす夜魅を、桐原は間一髪で押しとどめた。

ふぅ。危うくナースコールを押されるところだった。

「しかもな、落ち着いて聞けよ。ついでに、血も美人も怖くなくなったみたいなんだ」

「ほほぅ!しかしまた、何で急に?」

「さあな。昔の記憶(こと)を思い出したからなのか、血だらけのお前を抱いて、道行く人たちを呼び止めたからなのか……まぁ結果オーライだよ」

だが、喜んでくれると思った夜魅は「お前と呼ぶな」と言ったきり、淋しそうに外の景色へと目を移した。

「夜魅?」

「これで私もお前も普通の人間……数多の人々と同じか―――」


「違うな」


桐原は夜魅のとなりにドサッと腰を下ろすと、さらっとした癖のない黒髪の近くに頭を寄せた。


「一人だ。世界中どこを探しても、俺も夜魅も一人ずつ。それしかいないんだ」

世界中でたった一人の普通になろう。

桐原は、見開いた夜魅の目をじっと見つめる。

「俺が今、何を考えてるか分かる?」

「……」


分かった。


力なんか無くても、言葉になんかしなくても、見えない心が全部運んできてくれた。

温かい、優しい心が。

「私……」

笑顔なのに涙が溢れた。


「あなたと一緒に歩いていってもいいのかな―――?」



〜fin.〜