しかしそこまで大笑いされると、逆に桐原の方が冷静になってくる。

「そういえばお前、学生じゃないのか? ここらだとN高かK大あたりか。昼休みだって、そろそろ明ける頃だろう。戻らないのか?」

「ははは、はぁ……ああ、私は戻らない……戻りたくない」

 笑顔で笑い転げていた少女はピタリと笑うのを止め、みるみるうちに思いつめられたような表情になっていった。

「私はな……」

 言葉を切り間を置いた少女が、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。


「《鬼》から逃げているのだ……」


「鬼? 逃げてきた?」

「……」

 少女は下を向いて黙り込んでしまった。

 日頃、人と会話ができない桐原にも、少女が深い事情を抱えているらしい事は分かった。『鬼ごっこか?』と出かかった言葉をとっさに飲み込む。

 チラッと腕時計を見ると、とっくに昼休みは終わっていた。牛カルビ弁当もすっかり冷めきってしまっている。

「げ。じ、じゃあ俺はこれから午後の仕事があるから戻るわ。久しぶりに楽しかったよ」

 折角出会えた気兼ねなく話せる相手。その少女と別れるのは心残りだったが、課長のあのブルドックのような怒り顔が浮かんできてはしょうがない。

 はぁ。

 今から戻っても、こっぴどく叱られるのは目に見えているのだが。

 どうせなら休日のゆっくりした時間に会いたかったものだ。