「渡し賃と言われてもな……ほら、このように私は何も持っておらんのだし……」


ドクン


「ぅ!?」

突然、心臓を鷲掴みにされたような声にならない激痛が胸の中を駆け巡った。

思わず膝をついて両手で胸を押さえる。


「渡し賃ヲ……」


ドクン
ドクン


「ぐうっ!うぅ……」

老人がまた呟いた。同時に内側から張り裂けそうな痛み、何かが外に飛び出そうとするような痛みが増していく。

信じられないが、この老人が私の体の中から何かを引っ張り出そうとしている!

夜魅はとっさに自分の内側で暴れる、目には見えない謎の力に抵抗した。

それでも尚、暴れる暴れる暴れる。


「や……めろ」

老人が引き剥がそうとしているのは、何かとても大切なものという気がするから。


だが、もういっそこんな辛い抵抗は諦めてしまおうか。

なにも、こんなに苦しまなくてもよいではないか。

なすがまま、されるがままにその“何か”が体からはじき出された方が、あるいは……

両手が地に落ちる。


「渡し賃ヲ……」

ドクン
ドクン
ドクン


ふと抵抗する気が弛んだ隙に、本来現実ならば有り得ない場所から有り得ない物が出血もなくズブズブと湧き出て来た。

即ち、夜魅のぺたんこな“胸部”から大きな球形で琥珀色の“石”が―――

その瞬間、諦めかけていた意識が蘇り、それを手放すものかと再び、一度は離した両手をもう一度胸の前で組む形に動かし、体から抜け出ようとする石を上から抑えつけた。

石の正体が分かった今、思いの奔流は止められない。


嫌だ嫌だ嫌なのだ渡せない渡さない何があっても何をしても何をされてもこれはこれだけは絶対に絶対に絶対に―――失いたくない。


あの一時の思い出を。


この一途な気持ちを。


すうっと痛みが消えていく……。