(殺してやる……)


ハッとして見上げる。

夜魅だけがそれに気付いていた。


(私の獲物を奪う者……殺してやるうぅぅぅ!)


その男

石川厳十郎左右衛門之助はのびている秘書のナイフをそっと拾うと、音もなく近づいて、桐原のがら空きの背中へと刃を突き立てた。

「死ねぇ!!」

その時点になってやっと桐原は石川の存在に気がついたが、もう遅い。

振り返るより早く、鋭い切っ先が石川の全体重を乗せて……



ズブリ―――



金属製の刃が、肉を突き破る鈍い音がした。


「ハ……ハハッ!……ハハハハハハハ!!」


石川が狂ったような甲高い笑い声をあげながら、老齢を感じさせない程素早く逃げていくのが分かる。


抱き合うように残されたのは二人。

一方は無傷、

しかしもう一方は―――


「夜魅」

「空……無事か……?」


刺された箇所の出血が酷い。

流れ出る血が周囲を鮮やかな赤に染めていく。

腹部の傷口を手で押さえるものの、ドクドクと脈打つ熱い血潮は止まらない。


「何で……何で!?」


頽(くずお)れる体を支える間にも、みるみるうちに体から血の気が失せていく。

と、顔をいつもと比べ物にならないくらい真っ青にしながら“そいつ”は片手を上に上げ、もはや定まっていない視線でこう呟いた。



「楽しかったぞ」



ついでに目を細め、歯を見せてニヤリと笑って見せやがった。


そして力尽きたようにパタリと手を下ろすと目を閉じ、何も話さなくなった。


そう
何も
話さなく
なった


「くそ、死なせるか……死なせるかよ!!」

桐原は冷たくなっていく、意識のない夜魅の体を抱え上げると、猛然と走り出した。