なんだ?

暗い……真っ暗だ……。

何も無い。

誰も―――いない。

真っ暗、だ。



『さよなら……空』



ガバッ!

「夜魅っ!!」

枕を部屋の隅まで吹き飛ばしながら飛び起きてみると、一目で見渡せるぼろアパートの中には、自分を除いて誰もいなかった。

そう、誰も。

夜魅のあの小さな姿がない。


ザワッ。


胸騒ぎ?

虫の知らせ?

いや、もっと具体的ななにか……いわゆる“悪い予感”がする。


「あいつ、どこへ……?」
ふと綺麗に片付けられたテーブルの上に置かれた、一枚の紙に目が止まる。

カレンダーの切れ端の裏には達筆な字でサラリと一行《薬を買ってくる。おとなしく寝ておれ》とだけあった。


本来ならそれを見てホッとして再び布団に潜り込み、ぬくぬくと心地よい魔性のアイテムの恩恵に預かるところだろうが、この綺麗な字の主は世間知らずのお姫様、おまけに相手の心が読める不思議少女だ。

どんな厄介事に巻き込まれるやもしれない。


(おまけにあの夢、この胸騒ぎ……)


桐原は一瞬で、自らの風邪を忘れ去った。

舞台役者のように素早く早着替えを済ませると、鍵と財布のみをポケットに詰め込み、大急ぎで玄関を飛び出した。


ザワッ。


隣家の広葉樹が葉を揺らし、生暖かい風がねっとりと頬を撫でる。

(頼む!当たってくれるなよ、俺の予感!!)


上を見れば、また空が泣き出しそうだ。