ザアァァァ……

途切れることなく雨粒は降り注ぐ。

「ハァッ……ハァッ……」

くそっ!日頃甘やかしていた足の筋肉が悲鳴を上げる。


“約束”


人通りのまばらな商店街を駆け抜けた頃にはスーツはずぶ濡れ、髪はぐしゃぐしゃになっていた。

それでも尚、足は自宅へと向かい、走り続ける。


『メロス』

桐原はふらふらになって走りながら、幼少の頃に母親が読んでくれた太宰治の名作を思い出していた。

(あんなに走れる奴、そうそういねぇって……。ちっ!あんな人を代わりに差し出すような奴に負けるかぁ!)



「負けたぁー!」

彼女は四杯目の生ビール(ジョッキ)を飲み干しながら、誰に話すでも無く叫んだ。

酒がまわっているのもあるが、体は熱く、心は重い。


「負けたぁー!」

また叫んだ。


テーブルの上には、桐原が置いていった一万円と、彼女に制覇されて空になったグラスが乗っている。

「あの様子らと彼女さんかしらぁ……あーあ、桐原さんって格好良かったのに、れぇ?」

気づけば中身のない空のグラスに熱心に話し掛けていた。


「大切な“約束”かぁ……羨ましいら。なぁキミもそう思うだろう?」

両手で持った泡だけのグラスが、うんうんと頷いた。


「あ゛〜〜もう!飲む!今日は桐原さんの奢りらもん。目一杯飲んでやるうぅ!」

神流はボックス席から身を乗り出すと、片手を上げ、店員を呼んだ。

「ふいまへーん。生一つ追加れ!」