桐原は滅法、とても、滅茶苦茶酒が弱い。

一言で言うなら下戸である。


一口でも飲もうものなら顔は赤青白とくるくる変わり、舌は回らず、終いには倒れる。

ので、さっきから飲んでいるのは神流だけだ。


勿論桐原の分の生ビールも彼女の喉に流し込まれ、露と消えることとなった。


酒がダメ・激しい乗り物もダメ・血がダメ・人間もダメ・特に女性に対してはダメダメ。

「めちゃくちゃ苦労してるんですよ?」

「あはははははっ!桐原さん、面白い人れすね〜♪」


飲み始めてからかれこれ一時間。

桐原はジュースしか飲んでいないので大したことは無いが、彼女はけっこうハイ↑になっている。


外の雨音はいよいよ強くなり、本降りの模様を呈してきた。

(そういえば、夜魅が家に転がり込んできたのもこんな土砂降りの日だったな)


店員のお代わりを挙動不審ながら断り、妙に高笑いし始めた神流をいなしながら、そんな事を考えていた。


夜魅か―――

不思議と最近、夜魅が頭に浮かぶことが多い。


「あ!!」


思い出に誘われたのだろうか。突然、今朝の夜魅との約束がフラッシュバックのように脳裏に蘇った。


『絶対“約束”だぞ!』


忘れてた。

そうだ、約束したんだった!


それを条件に、会社について行くと言ってきかなかった夜魅を、桐原はなだめて置いてきたのだ。


『わかった、わかった!今日は直ぐに帰るから。約束な』

しっかり交わした小指は約束の証。


ガタッ!

「桐原さんどーしたんれすかー?」


神流はトロンとした眼差しで桐原を見ながら聞いた。

彼女の表情はどんな男でもころっと落とせそうな色っぽさだったが、今の桐原には全く見えていなかった。


「ごめんなさい、神流さん!俺―――!」