断る。

という行為も苦手分野な桐原は、気がつけばあれよあれよというままに居酒屋に行く流れに乗ってしまっていた。


「でね、そこのお店、席ごとに仕切られてるボックスタイプで、とってもおしゃれなんですよぉ」

「へ、へぇ……でも」

「でもですね!ここからが大事なんですが……」

何か言おうと口を開き掛けても、言葉を選び終わった頃には、神流が次の話題を投げかけてくる。

結構そのまま会社の玄関口までダラダラと来てしまった。


「あ!雨……」

外に来るとあいにくの曇天模様。おまけに雨もぽつりぽつりと降り出してきていた。

ふと、何かが桐原の頭をよぎった。


雨……?


しかし、それが何か分かる前に神流に小突かれたことによって、謎の何かはまた忘却の彼方へと飛んでいってしまった。


「桐原さん!なにボーッとしてるんですか?」

「いや……何か忘れてる気がして」


神流はダークブラウンの髪を庇うように、鞄を頭上に掲げると先頭に立って歩き出した。

「雨がひどくなる前に、早く行きましょうよ」



着いた居酒屋は、なるほど、確かに神流の言ったとおりにボックス状の席が規則正しく並んでおり、席と席の間は薄い黒色の板で仕切られている。

確かに、これなら桐原でも人目を気にせずにいられるだろう。


店全体の雰囲気も赤と黒で統一されて、落ち着いたどこか大人な感じで(居酒屋なんだから大人に決まっているが)BGMにはクラシックらしい音楽がかかっていた。

メニューを見ても、お酒の他にパスタやサラダなんかが並んでいて、居酒屋というよりは洒落たレストランといったイメージの方が近い。


「すいませーん!店員さん、とりあえず生ビール2つでー!」

そしてこの新入社員は、見た目によらずなかなか天真爛漫らしい。

シックな店の雰囲気を完全無視できるとは……。