「すまぬな」

 そう言って声の主は空いたスペースに腰を下ろす。声からすると年若い女性らしい。桐原の不安メーターが急上昇し始めた。

 と、そこではたと気づいた。

(ん? 『すまぬな』だって? おいおい、こののご時世にそんな古めかしい話し方する人なんて―――)

 ああ、いた。

 真っ先に思い浮かんだのがなぜか極道の妻だった。

 昨日の夜に見たゴールデンのドラマに、丁度そんな話し方をする女性が出ていた……ような気がする。

 ちなみにその妻は、ドスと呼ばれる小刀で旦那の仇を刺し殺していた(勿論、当然そこでテレビは消した)。

 桐原は自分の全身の血が、重力に体よく乗っかり、スキーよろしくサーッと降りていくのを感じた。

 人間恐怖症に上乗せして女性恐怖症のこの青年、極道の妻(?)という、流血に関係大ありの職業の女が隣に座っていたら、心臓マヒでも起こしかねない。

 桐原はベンチを立って、そそくさとその場を立ち去ろうとした。

「待て」

 手と足が一緒に固まった。

(もうダメだ! 死ぬ! 刺し殺される!)

「私は、」

 その後に続く言葉は、桐原にとって……いや、桐原で“なかったとしても”意外なものだった。


「《極道の妻》などというハイカラな者ではないぞ」


 思わず振り向いた視線の先には、まだ高校生くらいの少女がちょこんと座っていた。

「……それを何で知ってるんだ?」

 それもそうだ。自分はその言葉を“口にしていない”のに―――。

 あまりの驚きに、桐原は人間恐怖症も女性恐怖症も極道の妻も全て諸々忘却の彼方に吹き飛んだ。

 少女はクスリと口元だけに妖しい笑みを浮かべると、桐原の目をじっと見つめ返してきた。

「“人の心が読める”と言ったら……さて、お主はどうする?」