着信を告げるベルが机上で五月蝿く鳴り響く。

「はい、こちら―――」

『課長!』

 あー、この日頃聞いたことのないような元気さと、鼻に掛かったような声は……あいつか。

「お前、昨日は何しとったんだ! 連絡もせずに勝手に休みおって!それに今何時だと思っとる。遅刻だぞ! 大体―――」

『すいません、今日は風邪で休みます! 多分昨日も風邪です!』

 多分ってなんだ。多分って。

 眉間にしわの寄った顔は、まさにブルドックそのもの。

「ちょいまてぃ! お前、その電話越しの声を聞く限りではピンピンしてそうじゃないか」

『あ、えーと……ゴホゴホッ。とにかく休みます……ゴホッ』

 こいつ……。

「あーもういい、休め休め! お前みたいな人が怖い軟弱者がいなくて、職場も泰平そのものだ!」

「ありがとうございますっ!」

 言うが早いか、電話は一方的に切られた。

(ったく……なんで人間が怖いですとかなんとか言っとるくせに、電話は普通に掛けれるんだ!)

 力任せに受話器を置きながら、ブルドックは呟いた。

「おまけにあの電話越しのハキハキとした口調ときたら。まったく、それを営業で使ってほしいもんだ……」

「課長、誰からなんですか?」

 ふと視線を上げると、ウェーブのかかったセミロングの黒髪の美女がお茶を持って立っていた。驚く程、スーツ姿がよく似合う。

「ああ神流君。お茶か、すまない。君が座っとる席の隣の人間恐怖症からだよ。珍しく休むんだと」

「私、昨日配属されたばかりですので……」

 そう言って髪を掻き上げる仕草がまた色っぽい。

「ああ、そうかそうか、じゃああいつが出社して来たら面倒見てやってくれ」

「普通は逆なのでは?」

 ブルドックは、お肉たっぷりの頬を上下させて楽しそうに笑った。

「はは! いいんだよ。あいつは特に女性に弱い。それもあんたのような凄い美人にはからっきしだからな! ベッタリ接してやってくれ。あいつの為にもな」

「まあ! 課長ったらお上手なんだから」

 そう言って宇都宮 神流は、愛想のいい笑顔を浮かべて、桐原のいない席を見るのだった。

(“人間恐怖症”さんか……いったいどんな人なんだろう?)