「お、おいっ!」

 桐原は思わず目を覆ったが、夜魅の「見ろ、空」という強い口調にゆっくりと目を開いた。

「!? お前……その背中……」

 そして驚愕すると共に絶句した。

「“お前”ではない! 今の私の名は夜魅、夜魅だ。頼む……お前と呼ばれると……痛いのだ……」

 桐原は叫びたくなるのを必死で堪えた。今の……現代の日本で、こんな事があっていいのか!?

 彼女の白い玉肌の背中には無数の蚯蚓(みみず)腫れと紫の打撲痕が所狭しと並び、生々しい、紛れもなく出来て間もない傷だった。

「一週間が経とうかという頃だ……」

 泣いているのだろうか。夜魅は肩を震わせながらゆっくりと続ける。

「奴め……突然、部屋に来て……屈強な男達によって抵抗出来なくした私に……自分の考えを読ませながら、私の躰を……躰を―――」

「言うな!!」

 気がつくと、自分でも驚く程の大声を出していた。

 その意外な声に夜魅はビクリと震え、色違いの両目を大きく見開いて、そろそろと首だけ振り返り桐原を見つめ返した。頬には透明な筋が線を引いていた。

「わかった……わかったから……夜魅、もう……いい」

 震える手でそっと背中の傷に触れる。

 痛みからか、夜魅は少し顔をしかめると、両手で、はだけた胸の膨らみを隠しながら振り向いた。

「泣いて……くれるのか?」

 桐原の右目からは、透明な滴が一筋、尾を引きながら頬を流れて落ちていった。

「私のような“化け物”のために……空、お主は……泣いてくれるというのか……?」

「違うだろ」

 気がつくと、そっとその小さな頭を抱きしめていた。

「……自分を化け物なんて言うな……夜魅」


 裏表のない言葉。

 嘘偽りのない本音。


 名前を呼ぶのと同時に、夜魅の体からふっと力が抜けるのが分かった。

「空……。う……ひぐっ……うわあぁぁぁ!!」

 少女は堰を切ったように、桐原の胸に顔を埋めて泣き出した。桐原はそんな少女を軽く支えると絹のような黒髪をゆっくりと撫でてやる。

 窓から差し込む朝の木洩れ日が、柔らかく二人を包み込んでいった。