「孤児院の方でも、私のような気味の悪い存在をいつまでも置いておきたくはなかったのだろう。私は幾らも時を待たずして、その男―――『巌十郎左右衛門之助』に引き取られることになった」

「……は? すまん、聞き逃した。もう一度ゆっくり頼む」

 なんだか面倒臭い名前を聞いたような?

「む。空、お主徹底的に、隅々まで耳の掃除をした方が良いのではないか?」

「うるせー」

「ではいくぞ。いぃーしぅぃーくゎぁー……」

「違う! ゆっくりだけど、違う!」

「ふふ」

 テンポのいいツッコミによって多少夜魅に笑顔が戻り、場の空気もまずまず良くなったようなので、桐原は心の中で小さくガッツポーズした。

 まぁ夜魅が上手く合わせてくれたお陰なのだが、勿論桐原は気がついていない。

 彼女は、今度は真剣な面持ちで、再びその名を口にした。

「名字に石川がついて『石川 巌十郎左右衛門之助』だ。どうでもいいが本人曰わく、石川五右衛門の子孫と嘯いておる。……兎に角、私はあっさりとその男の自宅に引き取られたのだ」

 大きく塊のような溜め息を吐き出した夜魅に桐原はお代わりの茶を勧めたが、彼女はぬるくなった湯呑みを持ったまま、やんわりと断りを入れた。

(そういえば巌十郎左右衛門之助って名前、どっかで……)

「聞いたことがあるのか!?」

 身を乗り出して夜魅は桐原の右肩を掴む。その小さな色白の右手は、まるで精密に作られた日本人形のようだ。

 ……あれ?

 そこで桐原が今まで経験したことの無い、軽い電流が背骨をピリッと走った。

 言葉にするなら……何だろう。むず痒い?

「ん、ん〜……思い出せないな」

 ごまかすように顎をさすると、夜魅は様々な感情が伺える、複雑そうな顔をした。

「そうか……その男、石川はな―――」

 そう言って夜魅はずいっと桐原に顔を近づけた。目と鼻の先。吐息がかかるような距離でじっと目を見つめてくる。

 エメラルドグリーンの不思議な魅力を秘めた瞳から目をそらせない。

「私を動物のように檻に監禁していたのだ……」

「檻ぃ!?」