「前も言ってたが、鬼ってお前……」

「鬼だよ」

 そう夜魅は言い切った。

「奴は人の皮を被った鬼だ」

 言葉を紡ぎ出す夜魅の漆黒とエメラルドグリーンの双眼は、深い悲しみと憎しみに沈んでいるように見えた。

 再び重苦しい沈黙が場を支配し、桐原は彼女が口を開くのを辛抱強く待った。

「孤児院に入って夏が四度程過ぎた頃だ。私を養子に貰いたいと言って、一人の……男が来た」

 小さな口からぽつりぽつりと語られる夜魅の過去。

 桐原は特別、感覚が鋭いという訳ではない。どちらかというと鈍い方に入るだろう。

 しかしこの時は確かに、夜魅の言葉が助けを求めているような気がしてならなかった。

「私はまた昔のように石を投げつけられ、人々の軽蔑の眼差しに耐え忍ぶ生活に戻ることを恐れた。……孤児院では皆、自分一人で精一杯、故に私に注目する者は皆無だったからな」

 一口飲んだ茶から視線を外さずに、夜魅は続ける。

「しかしその男は、私の力を知って尚、養子縁組を取り下げようとしなかった。むしろ積極的だった気もする。……今思うと疑うべきだった」

「なぁ、ホントに言い出したくないなら、無理に言わなくてもいいんだぞ?」

 桐原は立ち上がり、一言一言を血を吐くように苦しそうに話す夜魅の隣に移動すると、静かに諭すように言葉を選んだ。

 端から見れば、まるで妹を慰める兄のようだった。

 日頃人間恐怖症と女性恐怖症に悩まされる桐原にとって、それは自分自身ですら信じられない行動だったのだが、この時は自分の事など頭から吹き飛んでいた。

「いや」

 夜魅は弱々しく微笑みながらそっと桐原を制す。

「話そう。お前に話して楽になりたい。お前に話せば私は楽になれるのだろう?」

 桐原は興味本位からの催促など考えてはいない。おそらく皮肉を込めた戯れ言なのだろう。

「夜魅……」

 無意識のうちに口に出していた名前。

 その名を呼べば、触れれるだけで崩れ落ちてしまいそうな儚さをもったこの少女を、繋ぎ止められる気がした。

 この世にそんな甘い現実が有るはずもない事も、桐原は既に知っているのに。