「なら夜魅って名前は―――」

「まあ待て、その話は……もう少し待ってくれ……」

 語尾が尻すぼみに消えていくのを桐原は指摘しない。事情があるなら、無理やり聞き出したところで何も解決しないだろう。

「ともかく、入院した私はそこである男に出逢い……そして救われた」

「救われた?」

「うむ、まさに心の救済だった。なんとその男にも相手の心が読めたのだ!」

 先程までとは打って変わって、嬉々として話す夜魅に、桐原の緊張も多少ほぐれた。そしてそこで自分が恐怖からではない緊張で体を強ばらせていた事に気が付いた。

「本名は分からん。が、男はレンさんと呼ばれていた。中肉中背でこれといって特徴が無く、ぱっと見て歳が幾つ位なのか分からない程目立たない男だったが、唯一、その右の目だけが異彩を放っておった」

 瞳が“燃えるように赤かった”のだと夜魅は語る。

「普段は、右目は若い頃に潰したと言って閉じておったのだが、私のこの翠の目を見ると、嬉しそうに見せてくれたのだ。自分も同じだとな。まるで赤い宝石のようだった」

 桐原からしてみれば、夜魅の右目も宝石みたいに綺麗だったのだが、それを考えた瞬間に夜魅が赤くなったので、急いでその考えを振り払って心の中で謝った。

(あ、ごめん、続けて続けて)

「ありがとう……。おほん! そ、それでだな」

 ぼそりと言われた、慣れないお礼の言葉にピクリと反応しそうになったものの、今回は耐え抜いた。それを見る夜魅は、本物の笑顔を浮かべていた。

「同じ力を持つ者の心は読めないらしい。それがあってか、レンさんはこんな私にとても優しく接してくれてな、娘が出来たようだと笑って可愛がってくれたものだ。間違いなくその時の私は幸せだった」