「ちょっと待てよ」

 桐原はここで初めて口を挟んだ。

「おま……じゃなかった、君の力ってのは周りの奴らにも分かるもんなのか? 俺が初めて会った時は、お前が話してくるまで気づかなかったぞ?」

 それを聞いた夜魅は、顔を上げて桐原を見た。その顔は少しだけ柔和な表情になっているようだった。

「分からぬよ。しかし神というものは……いるならの話だが、酷く残酷だ。私はどうも無意識のうちに読んだ相手の本心をその本人に伝えずにはいられないようなのだ」

「……」

 そう言って身を乗り出し桐原の胸の中心を指差した。

「ずっとお前にしているように、な」

 桐原を見ていた右のエメラルドグリーンの瞳が、ばつが悪そうに下に落ちる。癖のない黒髪がふわっと宙を舞った。

「石が当たったショックか、私は自らの名前だけ綺麗さっぱり忘れてしまっていてな。病室のネームプレートを見て己の名前を確認しても、自分がその名前で呼ばれた記憶が思い出せんのだ。……ああ、そういえばその時に初めて“孤独”という意味を実感したのだ。『私は必要とされない、いらない、死にたい』それしか考えられなかった……」

 八畳程のボロアパートの一角には、朝だというのに重苦しい空気が漂い、桐原は夜魅の話を聞くにつれ、まだ夜が明けないのではないかと錯覚しそうになった。