「私には、物心ついた頃から人の醜い心の中が見えていた。欲望・嫉妬・軽蔑・憎悪……。まだ体も心も小さかった私は頭が割れるかと思ったよ。なにせ自分の意思とは関係無く、そういった他人の醜い意識が頭の中に流れ込んでくるのだ。そして……気が付けば、私の両親は私の前から姿を消しておった」

 夜魅は一つ一つの言葉を喉の奥から絞り出すように話し続け、桐原は器を片手に持ったまま、身動き一つせず夜魅の話に聞き入っていた。

 口を挟むのもはばかられるような重い空気。

「親としても、こんな化け物と一緒にいたくなど無かったのだろう。私も、もう名前すら覚えておらん。……ははっ! 当然の如く、親との楽しかった思い出など無いしの」

 夜魅は、彼女は声を上げて笑っていた。体内の電気回路の命ずるままに、仮面のように表情のない微笑みを口の端に貼り付けて。

「捨てられた私はその後、親戚中をたらい回しにされながら育った。どこの家でも私を見る目は一概に同じでな。大人は口に出さずとも、心は常に私を“化け物”と罵っておった。そんな者共を見て育った子供からは、散々に石を投げつけられたわ」

 夜魅は無意識のうちに右手をこめかみの辺りに当ててさすっていた。よくよく見れば、白い傷痕が残っているのが見える。

「ある時などは、当たりどころが悪く大量に出血してしまってな、頭から血を流しているのに無表情でいる私を見て、大人子供、皆が口を揃え“化け物”だ、近寄るなと叫んでおった……」

 自嘲ぎみにに小さく笑う夜魅は、両腕で自分を抱えるようにしながら、微かに震えている。

「無表情でいるしか無いではないか! 私が笑えば不気味だと叩かれ、私が泣けば不吉だと蹴られるのだから! 暫く入院することになった私を見送った、親戚の者達の安堵した顔は、忘れようにも忘れられぬよ」