「だーっもう! 課長の奴! 何でもかんでも俺に押し付けんじゃねぇ!」

 カーンと乾いた音をたてながら、金属製の円筒形が、潰れた飛行物体と化す。

 昼時の公園。足元の空き缶を思いっきり蹴飛ばした青年は、近くにあったベンチにどかっと腰を下ろした。

 意外にも穴場である、ビルが乱立する街の中枢にある、この小さな公園には、この時間殆ど人気がない。

 ネクタイを緩め、背広を背もたれに掛けて長い足を伸ばす。

 背はそこそこに高く、お洒落には縁が無さそうな坊主頭に、イケメンとまではいかないものの顔立ちはスッキリしているこの青年。

 名前は空。

 桐原 空という。

 某建築事務所の職員で、現在独身の22歳。会社に入って丸3年になろうかというところだ。

 大学にも一時期だけ行っていたが、ワケあって中退。そのまま何となく入った会社で今に至る。

「何が『あー桐原君、悪いがいつもの弁当買ってきてくれ』だ! しゃあしゃあと悪びれもせずに! 俺はパシリじゃねぇってぇの!」

 この青年、散々文句を言っている割には、しっかりと“いつもの”牛カルビ弁当を買ってきている。……丁寧にお茶までつけて。

「大体、課長は何かと俺に引っかかっ―――」

 一瞬にして青年の陰の暴言が止む。

 桐原の目の前を二人組のおばちゃん達が、買い物袋をぶら下げて世間話をしながら通っていったのだ。

 説明が遅れたが、この男極度の、

「……ふぅ。キンチョーした」


 『人間恐怖症』である。

 対人ではない。人という存在が怖いのだ。

 特に女性への免疫力は0に等しいので、道を歩くのも、買い物をするのも、ベンチで休憩する事さえ命がけになってくる。

 そう、大学を中退した理由もこの人間恐怖症のためだった。

 いや、逆に高卒までよく耐えられたなと誉めるべきか。

 因みに、入試や入社試験をどうやってパスしてきたのかは、全くの謎である。

 当の本人も緊張しすぎてサッパリ覚えていないときては、謎は謎のまま、これからもずっと謎だろう。

 おまけに血が大の苦手で、自分の出血は駄目。人の流血も駄目。ちなみに過去、自分の鼻血で気絶した経験もある程だ。