食事も大方片付いた頃、夜魅は箸を茶碗に置くと目を瞑り、一度、二度と深呼吸する。

「空」

「ん? 俺、またなんか変な事を……って、いや断じて何も思ってないぞ。無心だ無心」

「そうでは……ない」

 瞼を閉じたまま、言葉を喉の奥から絞り出した夜魅は、思い出したくない事を思い出さんとするように胸の前でギュッと拳を握り締め、唇を噛んだ。

 体が震える。心が揺れる。空に話したら、このちっぽけな危ういバランスで保っている精神は、崩壊をきたすかもしれない。

 葛藤するあまり、眉間にシワを寄せて辛そうな表情をする夜魅に、桐原は思わず右手を伸ばしかけて、止めた。

 覚悟。

 人が覚悟を決めるのはそう簡単な事じゃない。裏が出ても表が出ても、その結果を受け入れて背負う事が出来るか? 重みを背負う、責任を背負う。覚えて悟るからこその覚悟なのだ。

 今、この少女は必死に何かの覚悟を決めようと、自分の中で押し問答しているようだ。ここで桐原が口を挟めば、彼女の覚悟に水を差す事になる。

 夜魅が何を抱えているかなど分からない人間恐怖症の桐原だが、人の覚悟を平気で踏みにじっていく大人になったつもりは無かった。

 桐原の伸ばしかけていた右手が元の位置に戻ってから少しの間が空き、少女が重い口を開く。

「私の……私の昔話を聞いてくれるか?」

 夜魅は意を決して、真っ直ぐに桐原の目を見つめた。エメラルドグリーンと漆黒の瞳からは、先程とは打って変わって力強い意志を感じる。受ける桐原が首を縦に振る。

 嫌われるかもしれない。けれど、この人には全て話しておきたい。

 初めて湧き上がった感情に驚きながらも、少女はゆっくりと真実の話を語り始めた。